400万円は「なかった」のではなく「使えなかった」
Aさんの父のケースでは、医療や住宅修繕など、適切なサービスにつながれなかった問題であると同時に、父自身が「これから先をどう生きるか」を描けなくなっていった過程で起こった悲劇ともいえます。
畳の下からみつかった400万円は、父にお金がなかったのではなく、「使えなかった」可能性を示しています。「年金が少ないから無理だ」という言葉の裏に、お金だけでは説明できない心情――貯金が減ることへの恐怖や自分への失望やあきらめ、寂しさや悲しさ――が隠れていたとしても不思議ではありません。
筆者がFPとしてお伝えしたいのが、晩年のライフプランニングの役割です。FPとして活動するなかで実感するのは、ライフプランニングは人生の前半よりも、むしろ晩年にこそ重要になるということです。
老後になると、多くの場合、仕事や子育てといった外から与えられていた役割が減り、自分自身で人生の方向を定める必要が出てきます。そのとき、これから先の暮らしが描けない状態だと、人は驚くほど簡単に意欲を失ってしまうことがあります。一方で、人生の晩年に近づくほど「一般的な解決策」では満たされないケースは少なくありません。
晩年のライフプランニングは、人生の青写真を描き直す作業です。新たな未来を想像したり、社会とのつながりを持ったりするにはエネルギーが必要です。つながりが絶たれやすく、孤独を感じやすい環境にある高齢者こそ、精神的に追い込まれてしまう前に、「なにを守り、どのように残していくのか」を「本人らしさ」を言葉にする機会を持つことが重要です。
終活とは、人生を閉じる準備ではない
終活は、死後の準備ではなく、晩年の暮らしを壊さないための備えともいえるのではないでしょうか。
・人生の晩年に弱い立場になったとき、どんな人にそばにいてほしいのか・いま、なにに不安を感じているのか
・やりたかったのに、やり残したことはないか
こうした心情を整理し、家族や専門家と共有できるようにしておくこと。それが結果として生きる意欲を保ち、セルフネグレクトという深刻な状態を防ぐことにつながる可能性があります。
セルフネグレクトは、特定の人だけの問題ではありません。誰の身にも起こり得るからこそ、早めの対策が重要です。相談現場に立つFPとして、そのように強く感じています。
参考資料
内閣府 経済社会総合研究所『セルフネグレクト状態にある高齢者に関する調査―幸福度の視点から 報告書』
https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11539153/www.esri.go.jp/jp/prj/hou/hou060/hou60_03a.pdf
松崎 洋子, 堀口 和子, 岩田 昇『高齢者のセルフ・ネグレクト状態の類型化』
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jans/45/0/45_132/_html/-char/ja
厚生労働省『法に基づく対応状況調査 付随(追加)調査』
https://www.mhlw.go.jp/content/12304250/001083447.pdf
内田 英子
FPオフィスツクル代表
