いつまでも輝く女性に ranune
「恋をしなければ、生きられない…」恋愛依存症の母を持つ娘の苦悩とは

「恋をしなければ、生きられない…」恋愛依存症の母を持つ娘の苦悩とは

港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。

女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが、その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。

タフクッキーとは、“噛めない程かたいクッキー”から、タフな女性という意味がある。

▶前回:仕事中にLINE252件、彼女に送る男。大手金融系コンサルの彼氏が、突然モラハラ系になったワケ


「ともみさんすみません、今日から1週間くらい東京を離れちゃっても大丈夫ですか?」

ルビーからそんな電話が来たのは、ともみが、翌日の予約客がキャンセルになったことをLINEで知らせた直後だった。ルビーは今の若い世代にしては珍しく、メッセージのやり取りよりも電話を好む。

明後日からはTOUGH COOKIESが入っているビル全体の、水回りと防音システムの点検と簡単な工事が始まる予定で、元々新規の予約をとるつもりはなかったし、ルビーの申し出を拒む理由はともみにはなかった。

「今週は、光江さんが打ち合わせで使うのと、あの事務所の女優さんたちの飲み会くらいで、なんとかなるから」

ああ、みず穂ちゃんの事務所の人達か、と呟き納得したあと、ルビーは「ともみさんてば、超ホワイトな上司じゃん」とふざけた。

「普通は、なんで?とか理由を聞くものじゃないの?1週間も休みたいって言えば」
「ルビーが話したいなら、話せば?でも別に、事情なんかどうでもいいよ」

それはともみの本心だった。ルビーが自分に話していない何かを抱えていることは薄々気が付いていたし、それを無理に聞き出すつもりはない。

ともみの耳元でルビーがクスリと笑い、「やっぱ、ともみさんにお願いしちゃおうかな」とその声が弾んだ。


「母親…って呼ぶのもムカつくんだけど、アタシを生んだ人が見つかったっていうから、迎えに行かなきゃいけなくてさ。もう何年会ってないか覚えてないくらいだから、お互いに顔も覚えてないかもしれないけど」

内容に合わない明るい声であっけらかんとルビーは続ける。

「アタシもいつまでもグジグジしてられないし、そろそろ決着付けたいんだよね。だからともみさんの力も借りたい」

「私の?」

「うん。あの人、店に連れてきちゃっていいかな?1人で話すと、アタシあの人のこと――殺しちゃうかもしれないからさ」
「殺、しちゃうって…」

反射的に返したともみに、「まあ、それくらい自分が何するかわからないってこと」とルビーは笑いながら続けた。

「TOUGH COOKIESで働き始めて、お客さん達の話を聞くうちに、なんか焦りみたいなものが出てきちゃって」

「焦り?」

「アタシもいつまでも逃げ回らずに、あの人に向き合わなきゃいけないって。向き合うとしたらともみさんの前がいいな、でも巻き込むのも違うかなぁ…とか、このところいろいろ考えてたんだけどさ。

いざこうして、あの人が見つかって、今ともみさんと話してたら、やっぱりお願いしたくなった。だから――連れてきてもいいかな?アタシを生んだ、母親って人を」




Customer 7:小酒井明美(こさかいあけみ・44歳)/ルビーの母親


― ルビーのお母さんにしては若すぎる…というか、これは…。

小酒井明美がルビーに連れられてやってきたのは、ルビーとの電話からきっちり1週間後だった。

ともみが、本来定休日だった店を開けると決めたのは、明美が来店するほんの数時間前。今日なら「母親って人」をTOUGH COOKIESに連れていけそうなんだけど…とルビーから申し訳なさそうに連絡が入ったためだった。

「初めまして、いつもルビーがお世話になっています」

そう頭を下げた明美は、小柄で折れてしまいそうに華奢で。大柄でグラマラスなルビーとの遺伝子的なつながりがその外見からは全く感じられない。醸し出す雰囲気もまるで少女のようで、とてもルビーのような子をもつ“母親”には見えず、タブーを犯して、「失礼ですが…」と聞いてしまったその年齢は44歳ということで、ともみは衝撃を受けた。

― 若作り感はゼロなのに、天然で幼い、って感じ。

「笑えるくらい似てないっしょ。ま、似たくもないから、良かったけど」

ルビーの冷たく乾いた声に、明美は眉尻を下げて寂しそうにほほ笑むと、その後、所在なさげにキョロキョロと店内を見渡した。そんな母親を席に案内することさえせずに、ルビーは黙ってカウンターの中に入る。

ともみが、ルビーが立つ場所とは逆の端になるカウンター席に明美を促すと、あ、と焦った様子で、これを…と明美が紙袋を差し出した。

「今、宮城に住んでまして、老舗の練り物屋さんのかまぼことか、です。防腐剤なども入ってないナチュラルな作りで、よかったら」

「うれしいです、かまぼこ大好きなので。今開けちゃっても大丈夫ですか?かまぼこなら、ビールか白ワインか…お母さまは、お酒は?」
「…あ…今はちょっと、控えていて……あっ、でも少しだけなら」

明美がどこか気まずそうなのは、お母さまと呼ばれたことか、それともBARに招かれたのに酒を断るようなことを言ってしまったことなのか。どちらの可能性も考え、ともみは聞いた。

「うちはノンアルのカクテルもお勧めなんです。それにお母さま、って呼び方は堅苦しいですよね。お名前でお呼びしてもいいでしょうか?」

明美の表情がホッとしたように緩み、頷いた。明美さんと呼ぶことにしたともみは、最初の一杯は栃木県のクラフトビール酒造が作っているノンアルビールを出すことにした。

いつもなら手土産を受け取ると(特に食べ物なら)、自分の役目とばかりに開封し、いそいそと盛り付けるくせに、今日は一向に動こうとしないルビーに、ともみはこっそりと苦笑いする。

もう一度明美にお礼を言いながら、紙袋から風呂敷包みを取り出しほどくと、お重のような木箱が出てきた。その蓋を開けると、紅白のかまぼこ、エビやイカ、そしてごぼうや山菜などの入った練り物が美しく並べられていて、ともみがしばし見とれていると、フッととげとげしい笑い声が飛んできた。

「新しい男は、酒を飲まないわけ?で、ノンアル?」


ギロリと睨んだルビーの、その視線にひるむ様子はなく、明美は笑った。

「も~。ルビーちゃん、意地悪な言い方しないでよ。ママだって少しは成長したんだから」

「何度捨てられても、男を追いかけ続けてきたくせに。そんなアンタが今さら成長するとは思えないし、アンタはアタシのママじゃない」

「ママじゃなければ、アタシはルビーちゃんの何なのかな」

明美に切り返されたルビーが黙る。ふくれっ面こそしていないものの、まるで駄々っ子のようだとともみは驚く。こんなに不器用な様子のルビーを初めて見る。「決着をつけるためにともみさんの前で話す」と、このTOUGH COOKIESに連れてきたはずなのに、いざ現実になると、どうしていいのか…と迷子になってしまった空気が駄々洩れしている。

― 親子の関係がおかしくなった原因は。

明美の男性関係にある…というか、少なくともルビーにとっての事実はそうなのだと、さっきのルビーの嫌悪感に溢れた言葉からともみは推測した。確か、ルビーの実の父親はアメリカ人でルビーが幼い頃に離婚。その後、ルビーは施設で育った時期があったと聞いている。

次の男に恋をして、それ故に幼いルビーを捨てたというのなら、ともみだって明美が許せないけれど、それはまだ“ルビーの事実”に過ぎない。同じ出来事の中でも事実は一つではなく、登場人物の数だけある。それぞれの目線と事情によって事実は変わるのだと、ともみはこの街で光江から教わり、TOUGH COOKIESでも学んできた。

そう思いながらともみは努めて冷静に、ノンアルビールを持つ自身の指あたりに目を落とした明美を真正面から観察する。

オーバーサイズでグレーのサマーニットに、濃いインディゴの細身のジーンズ。アクセサリーは細い金のチェーンネックレスと、水色の小さな石がついたシンプルなピアスだけ。肩につきそうなボブの黒髪は両耳にかけられ艶やかで、それが、まるで田舎の高校生のような純朴さを感じさせる1つの要因になっているのかもしれない。

透けるような白肌の顔は小さく、奥二重の瞼からは長いまつ毛が伸びてその頬にときおり影を作る。鼻筋は高すぎず、唇の形もシャープで綺麗。どことなく薄幸感のある可憐なルックスは、きっと男性の庇護欲、支配欲をそそるだろうし、“守ってあげたい”とモテるタイプだ。

ルビーが太陽なら、明美は月。2人が正反対ほどに似ていないのは、単にルックスのせいだけではなく、母を嫌悪した娘が、真逆の生き方を望み続けたせいかもしれないとともみは思った。けれど。

― ルビー、あなたの「アタシ」の言い方は、明美さん譲りだったんだね。


「ルビーちゃんが、職場に連れてきてくれるなんて、もちろんはじめてだしそれだけですごくうれしいのに、上司の方にも紹介してもらえるなんて」

明美に微笑まれ、ともみは「上司って感じでもないんですけど」と、笑顔を返す。私から一杯ご馳走させてくださいと明美に言われて、ともみはノンアルではない生ビールの小グラスを頂くことにしたけれど、ルビーは飲むつもりはないらしく、無言のままだ。

「何年ぶりに会うかわからない」と、ルビーは言っていた。焦らずゆっくり解きほぐしていこう…と、ともみは明美に、まずはTOUGH COOKIESというバーがどういうコンセプトで作られた店なのかということを説明した。



「1人では壊れそうな夜に、女の子が訪ねる店、ですか。あ~いいなぁ。私が若い頃にも、こんなお店があれば…」
「こんなお店があれば、どうなったと思いますか?」

明美は照れたように、なんでもないです、と首を横に振ってから、あからさまに話題を変えた。

「ここに連れてきてもらえて本当にうれしいけど、でも今日は、たぶん、ルビーちゃんにお別れを言われちゃう日なんですよね」

明美は、ともみからルビーに視線を移してから言った。

「ママ、覚悟してきた。もう二度と会わないって言われる覚悟。だからルビーちゃん、文句も怒りも、何でも全部、ぶつけて欲しい」
「アンタ…何言ってんの?」

唸るように答えたルビーが唇を噛みしめ、明美からは見えないカウンターの下で、その手のひらがぎゅうっと握られていく。尖った爪が手のひらに食い込み血がにじんでしまうのではないかと心配になるほど強く握りこまれたその拳が、微かに震えているのがともみの位置からでも分かった。

「6歳のアタシを置いて家を出たくせに?その後もフラっと現れたかと思ったら、すぐにいなくなって。アタシに最後に会ったのがいつか覚えてんの?今回だって突然見つかったと思ったら、今度は、二度と会わないとか、何?

会うとか会わないとか、それを決めるのはアタシであって、アンタには何の権利もないんだよ!」

ルビーの目は怒りで燃えて今にも爆発しそうなのに、とても悲しく見えた。明美は謝るでもなく、ただ穏やかな笑みを浮かべたままだ。黙り込んでしまったルビーの代わりに、ともみは言葉を引き取る。

「お2人の関係性や歴史を私は詳しくは知りません。でも、ルビーを捨てて家を出た時点で、その後も気ままにほったらかしたのだとしたら、確かに、明美さんにルビーと会うか会わないか決める権利はありませんね。

ルビーが今日ここに、あなたを呼んだのは、ルビー自身が決着をつけるためであって、明美さんがすっきりするためではないんです」

きっぱりと明美を見据えた瞬間、あろうことか、ともみのお腹が鳴ってしまった。ともみはとても恥ずかしくなったが、そういえば今日、いきなり店を開けることになったので、まともにお昼ご飯を食べていなかったと気づく。

「…よかったら…食べません、か?」

明美に、かまぼこと練り物を盛りつけた皿を指さされ、ともみは、穴に入りたいとはこのこと…と気まずくなったが、背に腹は代えられない。いただきます、とまずはかまぼこを口に入れ、ビールも含む。口内に広がっていく白身魚のうまみに満たされながら、もう一つ、エビのすり身だという練り物もお腹に入れると、空腹はようやく落ち着き、ともみは謝ってからもう一度仕切り直した。

「明美さんは、ご自身を恋愛体質だと思いますか?」
「…恋愛体質…どうでしょうか。自分ではよくわからない、というか」

ルビーがフッと鼻で笑い、「恋愛体質なんてかわいいもんじゃないでしょ」と、苛立ちの声で続けた。

「子どもよりも男を選ぶなんて、もう依存でしょ。恋愛依存っていうより、ただの男依存だからね、アンタの場合」

ともみは、明美の反応を待ったが、明美は変らず小さく微笑んだまま、肯定も否定もしなかった。そんな母親にさらに憤りを募らせ、それを必死に抑え込んでいるように見えるルビーも黙ったままで、しばらくの沈黙が続いたあと、ともみは切り出した。

「恋をしなければ死んでしまう、というように、劇的な恋愛体質の人は、世の中に男女問わず一定数いるんだと思います」

思わず大輝の顔を思い浮かべてしまったことに、密かに苦笑いをしながらともみは続けた。

「そういう人は、結婚しても子どもを産んでも…今ルビーが言ったみたいに、依存するように恋愛をやめられないのかもしれませんが、不倫だろうがなんだろうが、自己責任の中で好きにすればいいと、私は基本的に思っています。大人同士が傷つけあうのもお好きにどうぞ、と思います。でもね。

子どもを傷つけるならば、その恋は絶対に違う。特に、まだ幼い子どもを…自分の恋が、無邪気な子どもを不幸にするとわかっていても、自分の欲を優先してやめられないのは、違うと思うんです。

最愛の親に自分より優先する他人ができて、自分は捨てられた。それが、その子の人生にどんな影響を与えるかを考えるだけで、哀しくて恐ろしいです。

そんなものを恋愛だなんて呼んで欲しくもない。ただ、色欲に負けただけ、というか。だから――明美さんとルビーの間にあったことが、そうではなかったことを願います」

まっすぐに明美を見据え直してから、ともみは続けた。

「明美さんは、ルビーが言うように本当に…男性を選んで、幼いルビーを捨てたんですか?」


▶前回:仕事中にLINE252件、彼女に送る男。大手金融系コンサルの彼氏が、突然モラハラ系になったワケ

▶1話目はこちら:「割り切った関係でいい」そう思っていたが、別れ際に寂しくなる27歳女の憂鬱

▶NEXT:12月30日 火曜更新予定


配信元: 東京カレンダー

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