
◆家族3代の“学歴の呪縛”
――楊木田さんは智辯和歌山高校から早稲田大学法学部ですよね。非常に立派な経歴に見えますが、ご自身は満足できなかったということでしょうか。楊木田英輝:親族のなかに、学びたい場所で学ぶことができなかった者が多かったことが影響していると思います。たとえば私の祖父は、親族から「農家の家に学は必要はない」と言われ、教員たちからその能力を認められながら、学ぶことができなかった人です。結局、精神科の看護師としてキャリアを終えました。祖父の娘、つまり私の母は、関西大学に進学できる実力がありながら、桃山学院大学という、親族の自宅から通える学校に進学しました。婿養子である父もまた、経済的な理由で和歌山大学進学を断念した人です。
そうした人たちに比べて、自分は昔から勉学に秀でていると認めてもらえて、しかも努力できる環境にいました。だからこそ、絶対に東大に行きたいと考えていたんです。
◆「東大への執着」の正体
――なぜ東大一択だったのでしょうか。楊木田英輝:智辯和歌山高校に入学したときに衝撃を受けたのは、最初の理事長挨拶で「大人や社会は本当のことを言わないが、私は言う」と前置きして、「東大・京大に行きなさい。そうすれば幸せな人生が送れる」と続けたんです。東大ではなく京大に進学した友人が、理事長にそのことを詫びたことがあります。すると「京大法学部でもいいじゃないか」と言われたそうです。当時の智辯和歌山高校は進学校としてのプライドもあり、在校生の上位層はそうした強い意欲を持って勉学に励んでいたと思います。
あるいは、私は小学生ながらに新聞を毎日読んでいて、官僚の人事異動の欄にも目を通していました。そこから、この国を動かしている官僚に対する憧れが出てきたことも大きいと思います。
――話を聞いていると、ご親族に対する思いやりも深いですよね。そのあたりも、東大への意欲になりましたか。
楊木田英輝:私の姓である楊木田は、平家の末裔である可能性が非常に高いのです。それを裏付ける家紋などもあります。現在、楊木田姓は日本に9名しかいません。私がこの世に生を受けるまで、40年近くものあいだ、男子は誕生しなかったそうです。だから、祖父は私を非常に可愛がってくれて、また目をかけてくれました。通知表が配られると、まず見せにいくのは両親ではなく、祖父でした。私はのちに自閉スペクトラム症の診断を受けていますが、祖父は少し変わり者の私に対して優しく、認めてくれた人です。
祖父が私の成績をみて嬉しそうにすることが、私にとっては嬉しかったんです。「もっとこの人を喜ばせたい」と思って、立身出世に燃えた部分もあるかもしれません。

