「治療だけが医療ではない」国境なき医師団で19回派遣された看護師の決断と覚悟

「治療だけが医療ではない」国境なき医師団で19回派遣された看護師の決断と覚悟

海外で成功してもなお苦しい

──産婦人科退職後はすぐに留学へ?

ええ。欧米圏より費用が抑えられ、日本から比較的近いオーストラリアに渡りました。数ヶ月間現地の語学学校に通ったのち、大学の看護学部に入学しました。

すでに7年の臨床経験があったので技術面では問題なく、先生が「今日は先生が2人いるよ」と言い、私に手本を頼むこともありました。ところが、語学力がなかなか伸びず……。私から学生に技術を教える代わりに、学生からは英語を学び合う関係性を築き、2年間の学業をなんとか修了しました。

オーストラリアの看護大学卒業式の際の白川さん
オーストラリアの大学の卒業式にて

──現地の看護師資格を取得してからは、どのようなところで働いたのでしょう?

学生のころからアルバイトをしていた内視鏡クリニックに、そのまま就職させてもらいました。胃カメラの洗浄や診療補助をしていたのですが、業務内容が単調で、使う英語も決まったフレーズが多く、なかなか語学力も上がりませんでした。次第に、もっと大きな病院で働きたいという気持ちが強くなっていきました

そこで、大学時代の実習で訪れて以来憧れていたロイヤルメルボルン病院の求人を眺めていたところ、ちょうど外科看護師で内視鏡分野に長けている人を募集していたんです。これはチャンスだと思いすぐに応募しました。前職での経験が要件に合っていたこともあり、幸い採用していただけました。

──その病院ではどんな業務を担当していたんですか?

日帰りオペの担当になり、内視鏡手術をはじめ、眼科や皮膚科などの日帰り手術看護を担当しました。学生のころから「こんな大きな病院で働くなんて夢のまた夢」と思っていたので、就職できて本当に幸せでした。でも、またしても壁にぶつかってしまったんです

──それはどのような?

言葉の壁です。同僚や患者の話す英語についていけず、毎日コンプレックスを感じていました。私の言語スキル不足のせいで、周囲が困っているのではないかと思い悩み、入職から3ヶ月後には看護師長に「辞めます」と伝えに行ったんです。

ところが、返ってきたのは「語学力なんかで悩まないで!」の一言。結局辞表は取り下げ、そのまま働き続けました。

──その後、言葉の壁は越えられたのでしょうか?

看護師長が同僚にも私が語学で悩んでいることを伝えてくれたようで、周りがたくさんサポートしてくれるようになったんです。飲み会や食事会などのイベントにも誘ってもらえるようになり、とても居心地が良くなりました。

すると自然に語学力も上がり、プロジェクトリーダーを任されるまでに成長できました。永住権も取得できたので、このままオーストラリアに住むのも良いかもと思ったくらいです。

──何もかも順風満帆に進んでいたんですね。

客観的に見ればそうだと思います。ですが、3年目に入ったころから「何かが違う」と感じるようになり、次第に働くこと自体が苦しくなっていました。

そこで、休みを使ってバックパックを背負い旅に出ました。いろいろな土地を回るうちに、ふと気づいたんです。「私、国境なき医師団に入るためにオーストラリアまで来たんだ。夢に向き合わなかったから苦しかったんだ」と。

あまりに恵まれて、楽しい世界だったので、夢を見ないふりをしていたんだと思います。これに気づいて間もなく、MSFに面接依頼の連絡をして、勤務先にも退職を伝えました。

夢がかなった瞬間の“覚悟”

──仕事を辞めたあとは、すぐにMSFの面接へ?

ええ。面接は日本だったので帰国して臨みました。語学も身につけ、看護師としての経験も国内外で十分積んだので自信がありました。面接は無事通過し、手術室看護師として登録され派遣要請を待つ日々でした。

最初に派遣されたのは、スリランカにある200床以上の病院でした。ビザの申請に時間がかかり、登録してから実際に派遣されるまでに3ヶ月くらい待ちました。

MSFのホームページで見慣れた憧れのTシャツに腕を通したとき、言葉で言い表せない気持ちになりました。ただ「とにかく頑張ろう」と。

2010年スリランカにて活動中の白川さん
MSFのTシャツを着用し感染管理指導をおこなう白川さん(2010年スリランカにて)©MSF

──現地ではどのような支援をおこなったのでしょう?

手術室看護を任される予定だったのですが、到着するやいなや「感染管理をお願いしたい」と告げられました。院内の感染を防ぐため、消毒・手洗いなどの衛生管理や洗濯、ゴミの分別を主導しました。MSFからは私1人でしたが、病棟に元からいる現地スタッフに指導したり、ロジスティックスタッフに焼却炉を作ってもらったりと、たくさんの人との協働でした。

──派遣スタッフは、何人くらいで構成されているんですか?

大体5人から15人くらいですが、プロジェクトによっては30人規模のこともあります。事前に顔合わせもなく、国籍も職種も違うメンバーが揃います。滞在期間も、数日から数ヶ月に及ぶなどさまざまです。大体みんなでシェアハウスで過ごすことが多いので、自然とチームの連帯感が生まれてきます。

──紛争地で活動するケースもありますよね。どのような場所で医療を提供するのでしょう?

現地の既存の病院があればその一角を借りることが多いです。しかし、紛争で破壊されていたり、もともとなかったりする地域では、テントを設営して支援することもあります。

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