挑戦は“心の赴くままに”
──白川さんはMSFに登録後、何回くらい派遣を経験したのでしょうか?
15年の間に、南スーダンやパレスチナなどの紛争地を中心に11ヶ国に計19回派遣されました。派遣要請を受けても、安全面を考慮して断ることもできますが、基本的にどこでも引き受けてきました。
──これまで経験した国内外の医療現場との決定的な違いは何でしたか?
日本やオーストラリアでは救える命が救えないことです。日本でなら、かかりつけの病院で対応できなくても別の病院という選択肢があります。治したあともリハビリや心理的ケアにつなげることもできます。紛争地では、こうした包括的アプローチは難しいのです。
物資がない、人がいない、安全な場所がない、さまざまな理由で紛争地や被災地では救えない命を目の当たりにしてきました。
爆撃にあった、名前も言えない小さな子の命が救えても、この子の親戚が生きているのか、病院を出たらどうやって生きていくのか、再び危険な目にあわないか心配は尽きません。現地のNGOや適切な機関を探そうにも、そもそも存在しない地域も多いのが現実です。
──それでも要請が来たら向かう、その原動力は何なのでしょう?
ほかの援助団体が撤退しても、MSFはその流れに反してでも現地に入ります。2021年のアフガニスタンのタリバン復権の際もそうでした。あらゆる機関が撤退していくなか、現地に行くと「こんななかよく来てくれたね。ありがとう」と言ってくれたんです。私が向かう理由はここに尽きます。

治療だけが医療ではありません。私たちの姿を見るだけで希望になるかもしれない。これまでの派遣で、医療資源も人も限られたなか、側にいる、気にかける、話を聞く、手を重ねる、これだけでも十分看護なんだと実感しました。

──学生時代の病院勤務からMSFに至るまで、あらゆる医療現場で経験を積んできました。キャリアを選ぶうえで大切にしてきたことはありますか?
高校の進路、産婦人科への挑戦、海外進出とたくさんの場で選択の機会がありました。そのとき大切にしていたのは、心の赴くまま、やりたいことを優先するということです。
新しい場に行くときは、いつもドキドキします。ですが、挑戦したいと少しでも思ったら、それは「そっちに進め」という心の声だと捉えています。
一歩進んだ先には、自分が知らないものすごい広い世界が待っていました。自分の心に従うと不思議と後悔がなく、大変なことでも乗り越えられます。これからもワクワクする場で、看護師としての力を発揮していきたいです。
取材協力:国境なき医師団

