◆前作の主人公が特殊だったわけではない
ーー執筆時の感覚はどのようなものでしたか?坪田信貴:今回は、「忘れ物を取りに行く感じ」でした。前作で全てを出したつもりではいたのですが、尺が長くなったり、書くとちょっと複雑になったりすることもあり。泣く泣く書くのを控えたエピソードもいっぱいあったんです。
前作を一言で言うと、「楽観的な女の子に対してどう対応して、勉強で結果を出させるか」という、ある種特殊な生徒への特殊な指導の話と捉えられがちです。でも、生徒にはいろんな性格がいて、面白い反応をする子ばかりではない。真面目な子もいれば、やんちゃな子もいる。「一人ひとりに実は対応の仕方が変わる」ということや、そもそも「五教科ってなんで学ぶんだっけ」といったストレートな問いについても、今作では答えています。
つまり、さやかさんが特殊だったわけではなく「みんなそれぞれ特殊で、それぞれの成功の物語がある」ということを伝えたかったんです。
◆「努力」の定義が変わっている
ーースマホを開けば無料で情報が手に入る時代に、「努力」や「学び」の定義は変わりましたか?坪田信貴:今やAIが検索もせずに勝手にまとめて回答してくれるようになりました。そして、「努力」の定義も変わっています。昔は0から100まで積み上げるのが努力でしたが、今は0から75点ぐらいまではAIがやってくれるんです。例えば、難しい文学作品を紹介するコンテンツを、AIに「小学5年生がわかるように作成して」と頼めば、数秒で作ってくれます。
問題は、多くの人がその75点のコンテンツをそのまま鵜呑みにしてしまうことです。今まで3〜4時間かかっていたことが数秒で済むなら、みんなそれで良いと思っちゃうわけです。
ですが、私はこれこそが人間の仕事だと思っています。75点の台本ができている状態で、文章を自分らしく変えてみたり、表現や順番を工夫したりして、自分のオリジナリティを加えていくことができるかどうか。つまり、「クリエート(創造)」ではなく、「リクリエート(再創造)」をする。この部分が、AI時代の努力、才能、学びへとシフトしていくと感じています。

