◆加害者と思われる生徒の投稿に現れる“軽薄さ”
それよりも、加害者と思われる生徒の投稿が醸すものは、ネット全般のカルチャーに毒されている浅はかさです。たとえば、自分に対する批判をしてきた人たちのことを「陰キャ」と呼んだり、また批判への抑止力として「俺の親警察関係者だからアンチしたやつ全員覚悟しとけよ」という、いかにもなレスバの定型文をそのまま使っていたりすることからわかります。
他人の言葉をまるっきりパクっただけなのに、思う存分に反撃したと納得できてしまう単純さに、いまの時代ならではの軽薄さが現れているのですね。
◆馬鹿げた動画をわざわざ全世界に発信する理由とは?
そう考えると、トイレ内での暴行動画も、殴ったり蹴ったりする動きは派手に見えますが、そこに暴力が持つ深刻な実体は伴っていない。本当に相手を怪我させてしまうかもしれない、下手をすれば殺めてしまうかもしれないという真実味がないところで空虚な過激さだけがエスカレーションしていく。全ては、見知らぬ他者からの承認を得るための行為なのです。でなければ、自分の将来を危うくさせるような馬鹿げた動画をわざわざ全世界に発信する理由はありません。
だから、これは暴力でもイジメでもなく、バイトテロと同等のむなしい愚行なのです。
自我の充実をSNSでの承認欲求に全振りした、哀れなモンスター。
これが大量生産されていること自体が、社会に対する“暴行”なのです。
文/石黒隆之
【石黒隆之】
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。X: @TakayukiIshigu4

