◆長嶋さんや原が会見を拒否しなかった理由
一方で長嶋さんと原前監督は、どんな試合内容であっても会見を開いていた。阿部監督との違いはどこにあるのか考えてみたい。
もちろん「ファンが自分のコメントに注目してくれている」という思いもあっただろう。だが、一番大きいのは、「自分に自信があるから」だ。簡単なようで、なかなか真似できることではない。
マスコミからの注目度が群を抜いて高いのが、巨人というチームの特徴だ。試合前の練習にしても、ほかの球団を圧倒するほどの報道陣の数だし、長嶋さんが監督のころはさらに顕著だった。たとえ大敗を喫しても、きちんとマスコミに受け答えできる様子を眺めては、率直に「すごいな」と思えたし、それは原のときも同様だった。怒りに任せてコメントしたくなるときもあったと思うが、そんなときでも原は、「総論はできない。質問は3つだけ受けつける」 と前置きしたうえでインタビューに臨んだこともあった。常人にできることではない。
◆「他人の目を気にしない」という強さが2人にはある
「他人の目を気にしない」ところが長嶋さんと原には見受けられる。自分のコメントによって多くの批判が来ようとも、「ああ、そうですか」と軽くいなせる余裕がある。つまり、人並外れて神経が図太いのだろう(本人たちはそんなことをまったく考えていないはずだが)。
長嶋さんと原といえば、学生時代からマスコミの注目の的だった。長嶋さんは立教時代、原は東海大相模時代から全国区の人気を誇っていた。神宮のダイヤモンドを颯爽と駆け回る長嶋さんと、持ち前の華やかさで甲子園のスタンドを沸かせた原。
「自らの発言に対して、ファンがどんな反応をするのか」と考えるよりも、「周りがどうこうではなく、自分はこう思っている」と率直に主張できる点が、2人の共通項ではないだろうか。
大学時代の阿部監督も、ドラフト上位での指名が確実視されていたほど、名の知れた選手だった。だが、あくまで野球ファンの間での「有名な選手」である。それゆえに、阿部監督は長嶋さんや原とは違って、「普通の人の感覚」を持ち合わせていたと考えられる。
すなわち、「ここで厳しいコメントをしたら、世間にどう思われるか」と想像力が働くわけだ。だからこそ、情けない負け方を喫したあとは、「あえて取材を受けない」という処世術を身に着けたのだと、私は見ている。
<談/江本孟紀>
【江本孟紀】
1947年高知県生まれ。高知商業高校、法政大学、熊谷組(社会人野球)を経て、71年東映フライヤーズ(現・北海道日本ハムファイターズ)入団。その年、南海ホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)移籍、76年阪神タイガースに移籍し、81年現役引退。プロ通算成績は113勝126敗19セーブ。防御率3.52、開幕投手6回、オールスター選出5回、ボーク日本記録。92年参議院議員初当選。2001年1月参議院初代内閣委員長就任。2期12年務め、04年参議院議員離職。現在はサンケイスポーツ、フジテレビ、ニッポン放送を中心にプロ野球解説者として活動。2017年秋の叙勲で旭日中綬章受章。アメリカ独立リーグ初の日本人チーム・サムライベアーズ副コミッショナー・総監督、クラブチーム・京都ファイアーバーズを立ち上げ総監督、タイ王国ナショナルベースボールチーム総監督として北京五輪アジア予選出場など球界の底辺拡大・発展に努めてきた。ベストセラーとなった『プロ野球を10倍楽しく見る方法』(ベストセラーズ)、『阪神タイガースぶっちゃけ話』(清談社Publico)をはじめ著書は80冊を超える。

