
「社内政治」の代表例として挙げられる「根回し」や「ゴマすり」。こうした行為は、一部の人間が悪意をもって行う“よくないこと”というイメージを抱く人も多いでしょう。しかし実際には、仕事を円滑に進めるためにごく自然に、職場のあちこちで日常的に行われているものです。木村琢磨氏による著書『社内政治の科学』(日経BP)より、いくつかの事例とともに、職場で行われている「根回し」と「ゴマすり」の実態とその背景についてみていきましょう。
ランチで、廊下で…職場のあちこちに見られる「根回し」
社内政治の代表例ともいえる「根回し」「ゴマすり」の例をいくつか見ていきましょう。
事例1.会議前のランチや雑談で「事前説明」
ミドルマネジャーの佐藤さんは、カスタマーサービスの方針を変更し、新しい体制に刷新することを役員会議で提案したいと考えています。
しかし、いきなり会議で提案するのではなく、その1か月前から役員たちとランチや雑談の機会をつくり、提案の内容を事前に説明しました。
事例2.反対の可能性を見込み、全体会議の前に部門長と「面会」
プロジェクトリーダーの石川さんは、新しいプロジェクトマネジメント用システムの導入を提案したいと考えています。しかし石川さんは、IT部門が業務過多を理由に反対する可能性が高いと予想しました。
そこで石川さんは、全体会議の前にIT部門長と非公式に会い、導入スケジュールや必要なサポートについて意見を聞きました。
事例3.保守的な課長の壁を崩すべく、ベテラン社員に「個別相談」
総務部の望月さんは、フリーアドレス制度の導入を提案しようと思いました。しかし、直属の上司である総務課長は保守的で、職場の慣行をあまり大きく変えたがらないタイプです。
そこで望月さんは、総務課長が営業部門にいたときの先輩や上司など、総務課長に対して影響力を持つベテラン社員たちにまず個別に相談しました。
事例4.リスクある案件に予算をつけてもらうため、経営陣にアピール
研究開発部長の村山さんは、成功すれば大きな成果が出ますがリスクも大きいプロジェクトに予算をつけてもらいたいと考えています。
村山さんは、予算会議の数週間前から、競合他社の成功事例を経営陣にさりげなく紹介したり、財務担当役員を実験室に案内したりしました。
事例5.対立する部のキーパーソンと、会議の前に昼食へ
マーケティング部と製造部は以前から意見が合わず、何かと対立しています。しかし、今度の新製品のキャンペーンでは両部門の緊密な連携が必要です。
マーケティング部の部長を務める桐原さんは、正式なプロジェクト会議の前に製造部長をはじめ製造部のキーパーソンを昼食に誘いました。そして食事をしながら、これまで抱いてきた不満を語ってもらい、どのように改善ができるかを話し合いました。
これらは根回しと呼ばれる事例です。これらの例が示すように、根回しは正式な会議の前に
・意見をすり合わせる
・関係者の支持を確保する
・事前に情報を提供して新しい提案に対する心理的ハードルを下げる
・影響力のある人に陰で動いてもらう
など、さまざまな目的で行われます。根回しは社内政治的な行動としてよく挙げられるものの代表例です。
部長のミスをカバーすることも“巧妙なゴマすり”のひとつ
事例1.年次評価が近づくにつれ「褒める」頻度が増える
木下さんは、年次評価が近づくと「先日のプレゼン、本当に勉強になりました」「あの判断、さすがですね」などと、上司を対面で褒める頻度が高くなります。
上司が評価点をつける前に自分の好感度を高めようと、タイミングを計ってお世辞を言っているようです。
事例2.考えが違っていても、部長の発言にすかさず同調
森さんは部門会議で部長の発言に対して「まさにその通りです」「鋭いご指摘です」といった発言を繰り返します。実際には森さんの考えは部長と異なっていますが、そのことは黙っています。
少し異なる程度ならば意見を述べることはありますが、その際にも「私もそのように思っています」といった同調の言葉を前置きします。
事例3.「上司が好む言い回し」で資料を作成
近藤さんは社内プレゼン資料を作成する際、上司が好む言い回しを用います。近藤さんの上司は「心理的に安全な職場」という言葉が好きなので、近藤さんはプレゼンの中で必ずといってよいほどこの言葉を一度は使います。
しかし実際には、近藤さんは心理的安全性という言葉について勉強したことはなく、あまり興味もないようです。
事例4.部長のミスを“さりげなく”カバー
部長の吉田さんは数字にやや弱く、資料作成において数値をよく間違えて書いてしまいます。部下の武田さんは、プレゼン資料を提出する前に密かに吉田部長の作成した部分もチェックし、ミスがあれば「ここの数字を新しいものに入れ替えておきました」とオブラートに包んだ言い方でカバーします。
露骨にゴマをすることはありませんが、上司に直接的にへつらうことなく、さりげない形で支援することで、「信頼できる右腕」としての地位を静かに確立しようとしているのです。
これらの事例はゴマすりと呼ばれる社内政治の例です。ゴマすりは、出世や昇進などで有利になるように、上司や権力者に気に入られようとする行動です。
人事評価は、たとえ業務での成果を重視した制度になっていても、評価者である上司の主観に左右される部分があります。また、毎年の人事評価と別に行われる役職昇進時の審査は多くの場合、定性的な評価を含み、上司の主観が影響します。そのため、自分を評価する人からの好感度は自分のキャリアに大きく影響することがあります。
事例1や2のように、評価のタイミングを見計らって褒める、会議で上司の発言に過度に同調する、といった行動は、直接的に好感度を上げることを意図したものです。一方、事例3や4のように、上司の嗜好に合わせた言葉選びや、裏方としての支援を通じて好感度を上げようとする行動は、より戦略的で巧妙なゴマすりといえます。
こうした行動は、単なるお世辞やマナーではなく、会社の中の権力構造や評価制度、人間関係の習慣を頭に入れつつ、それを戦略的に活用する試みといえるでしょう。
