
「若者はすぐに辞める」「忍耐力がない」――。そんな言葉で片付けられがちな現代の若者たち。しかしその実態は、親世代以上の努力を強いられながら、数百万円の“借金”という足かせを背負って社会に出る過酷な実態も無視できない。本記事では、アクティブアンドカンパニー代表の大野順也氏が、Aさんの事例とともに、日本の未来を蝕む構造的な欠陥としての奨学金の実態を紐解いていく。
母子家庭の子どもを襲う「教育費の壁」
Aさんは東海地方から上京し、都内で一人暮らしをする28歳の会社員だ。
Aさんは母子家庭で育った。母親は家計を支えるため、平日も土日もパートを掛け持ちし、文字どおり身を粉にして働き続けてきた。幼少期からその姿をみていたAさんは、「自分が母親の負担になってはいけない」という強い責任感を抱くように。弟が部活で家を空けることが多かったため、家族3人でゆっくり過ごす時間はほとんどなかったという。
そんなAさんが進学を意識したのは、母親の「大学か短大を出たほうが就職の幅が広がる」という言葉がきっかけだった。母親自身が高卒で社会に出て苦労した経験から、Aさんには安定した職業に就かせて、自分とは同じ思いをさせたくないという切実な願いがあったのだ。Aさんは子どもの成長を支えたいという思いから、「保育・福祉の分野で社会に貢献したい」と、地元の短大への進学を決めた。
しかし、家計から学費を捻出することは難しかった。母親から「奨学金を借りてほしい」と頼まれたものの、周囲に借りる友人がおらず、どこか後ろめたさを感じていた。それでもやはり「母親に負担をかけたくない」という一心で、奨学金の利用を決断した。
奨学金は入学後に振り込まれるため、Aさんは受験費用や入学金を自力で準備する必要があった。平日は勉強、土日はアルバイトに励む日々。努力家の彼女には、自分の将来と経済面への不安が常にまとわりついていた。
夢の第一歩を踏み出したが…
Aさんは無事、社会福祉学科のある短大へ進学した。授業料の半額免除制度と奨学金を組み合わせることで、なんとか学費を賄うことができたが、Aさんの負担はそれだけでは終わらなかった。
実家から大学への通学定期代、教科書代、家族の食費や弟の部活用具代まで、Aさんが家計の一部を支えていたのだ。そのため、週5でアルバイトに入り、毎月10万円ほどを稼ぐ必要があった。資格取得の勉強や就職活動への不安に加え、家族を支えなければならないという責任が、当時10代のAさんに重くのしかかっていた。
努力の甲斐あって無事に保育士資格を取得し、卒業後は障がいをもつ子どもの療育を行う施設に勤務した。やりがいを感じながら働いていたが、6年目で東京への異動を打診され、彼女の人生は大きく暗転する。
