過酷な労働と「月1万円の返還」が重荷になる現実
東京での勤務は過酷だった。本来9時〜18時の勤務であるはずが、7時〜21時が当たり前になり、残業代は支払われなかった。
「子どもや保護者の方から頼ってもらえることに大きなやりがいを感じていました。でも、寝るためだけに家へ帰る生活になり、自分の身の回りのことすらできなくなっていました」とAさんは語る。
さらに、物価の高い東京で、手取り月20万円のなかから生活費を工面するだけでなく、毎月約1万円の奨学金返還を続けることが重い負担となった。疲労により集中力が切れ、子どもたちにしっかり向き合えていないと感じる日も増える。保育・福祉業界の低賃金と人手不足による業務負担の増大が、彼女の限界を早めた。
「このままでは続けられない」と悟ったAさんは、現在会社を退職し、転職活動をしている。そんな状況のなかでも奨学金の返還は止まらない。生活費を削りながら活動を続けるなかで、Aさんは切実な思いを吐露する。
「奨学金の返還が今後10年近く続くことを考えると、地元に戻るよりも東京に残ったほうがいいと思っています。ただ、保育業界には戻らないつもりです。給与水準が高く、福利厚生が整っていて、将来設計ができる環境を選びたいと考えています」
奨学金を返しながら生活を成り立たせることの難しさが、Aさんのキャリア選択に深く影響している。社会に貢献したいという純粋な志と努力は、未整備な労働環境や奨学金の返還負担によって、厳しい現実に阻まれてしまったのである。
奨学金問題を社会全体で支えるために
学費の値上げ、物価高騰、親世代の年収の停滞、そして税負担の増加。こうした環境下で、奨学金を利用する学生は増加傾向にあり、いまや大学生の3人に1人が利用している。優秀な人材を求める企業のニーズから進学率は上がったが、進学したからといって安定が保障される時代ではない。
こうした経済的・心理的負担によって、自己研鑽のための余裕がなくなり、結婚や子育てに踏み切れない若者が増えている。それにもかかわらず、「若者はやる気がない」という誤った見方もあり、少子化の責任まで押し付けられることさえある。しかし、Aさんの姿をみればわかるとおり、彼らは決して努力していないわけではない。むしろ、親世代以上に自己犠牲を払いながら社会を支えている若者もいる。
若者が将来に希望を持てる社会こそが、日本経済の成長に不可欠である。奨学金は、もはや「個人の借り入れ」ではなく、「社会全体が抱える構造的な問題」として捉えるべき段階ではないだろうか。若者が経済的・心理的余裕を持てる状態をつくることで、長期的なキャリア形成が可能になり、結果として生産性の向上や経済活動の活性化につながると考える。
そのための具体的な手段の一つが、企業による奨学金返還支援制度である。 企業が奨学金返還を支援することは、単なる人材の確保にとどまらず、「若者の未来をともにつくる」という、大きな社会的意義を持つ。日本全体で若者を支える仕組みが広がることで、Aさんのように努力する若者が、不安なく自分らしい人生を歩める環境が整っていくだろう。
日本の経済発展のためにも、若者が安心して働き、学び、未来を描ける社会を実現すべきである。
大野 順也
アクティブアンドカンパニー 代表取締役社長
奨学金バンク創設者
