2026年も始まってはや10日。来週1月17日・18日は、大学入試の第一関門である「大学入学共通テスト」の実施日です。
これは、以前で言う「共通一次」や「センター試験」のようなもので、国立を受けるならば誰もが受験しなくてはならないマーク式のテスト。年々難化の一途を辿る本試験は、もはや平均点を取ることすら一筋縄ではいかない修羅場と化しています。
どうしてもこの季節になると、かつて人生をかけて挑んだ大学受験時代を思い返します。
無職の父に、病床の母。頼みの親戚もおらず、一人で家事をしながら、週3日のアルバイトで稼いだお金で出願し、逆転をかけて臨んだ東大受験。
結果として私は世帯年収300万円台の貧困家庭から、わずか1年半の受験勉強で東大に進学しましたが、実は、ほとんどセンター試験対策をしていません。余裕だったからではなく、むしろ不利な戦いを強いられると分かっていたから。
センター試験や共通テストのようなマーク式テストは、とにかく過去問演習の量がものを言います。ですが、高3夏から受験勉強を始めた私にとって、何よりも重要な「時間」という資産を、たかだかマークテスト程度に割くわけにはいきませんでした。
当時の私がとったのは「演習量で負けても勝負に勝てる”ガリ勉殺しの戦略”」。
つまり、「一を聞いて十を知る」ことで、時間とお金を節約しながら合格できる節約勉強法です。ただし、誰でも真似できるわけではなく、無料でできる最強の受験対策である「言語化」のトレーニングが必須となります。
そこで今回は、貧乏でも受験に勝てる「一を聞いて十を知るための言語化トレーニング」についてお伝えします。

◆東大に受かる受験生の勉強時間は
みなさんは一般的な東大受験生がどれほど勉強しているかご存じでしょうか?私は2025年版『東大理Ⅲ』(笠間書院)を制作するにあたって、20名ほどの理Ⅲ生に話を聞きました。
彼らの話を統合した限りでは、首都圏難関校の中学受験に勝ち、中学一年生から鉄緑会に通うような子は、高校受験がないにもかかわらず、中1から毎週少なくとも15~20時間程度の勉強をしています。もちろん、塾以外の自習のみで。
高校生になると勉強時間はさらに増していき、高2でピークを迎えます。鉄緑会の受講科目数が最大化し、授業中にこっそり塾の宿題を解かねばならないほどになり、勉強時間は週当たり40~50時間に跳ね上がります。
少なくとも、私が調査した限りでは、東大に入るまでに7,000~8,000時間程度勉強している理Ⅲ生。理Ⅲではなくとも、遠からぬ量をこなしていると推察されます。
普通なら「こんな化け物に敵うわけがない」と考えるかもしれません。ですが、実際にこの半分か、それ以下の勉強だけで東大に受かるような人間もいます。
挑んだら負けるかもしれませんが、挑まないと負け一択で終わる。ですから、挑む前提で「どうすれば、この量の差を埋められるか?」と考えてみる。
◆「亀の甲より年の劫」ではない
すると、「勉強量は別に問題ではない」ことがわかります。たしかに、「亀の甲より年の劫」(年長者は経験を積んでいるだけに、若者には及ばない知恵がある)といって、経験値の差は一定覆しがたい。
とはいえ、もし本当に「年の劫」が絶対ならば、年長者を上回る結果を出す若輩は出てこないはず。このことわざは絶対ではありません。
そもそもなぜ「年の劫」が有効かといえば、それは生きている時間が長く、それだけ多くのイベントを経験し、モノを見ているから。
もっと単純化すれば、入力された情報が多いからでしょう。
ですが、人間は一回情報を入力されただけでは、情報を処理しきれないこともあります。一回で授業内容を理解できる人もいれば、そうでない人もいる。
いわゆる「才能」ですが、その正体は、入力された外部刺激を取りこぼさず処理できる能力、すなわち圧縮倍率のこと。
つまり、「勉強時間=入力される情報の量」が少ないなら、一回の入力でなるべく多くの情報を取り込めばいい。
もっと簡単に言うなら「一回で理解して知識として吸収すればいい」わけです。
そこで次に私が考えたのは「どうすれば一回で理解できるか」。
理解するためには、「理解とは何か」をわかっている必要があります。そこで「理解の定義」を作りました。当時考えた定義は覚えていませんが、ブラッシュアップしてきた現在では「与えられた説明以外の角度・方法で対象を説明できること」と定義しています。
そのためには、物事の根幹を掴まなくてはいけません。

