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“天皇の兄”と名乗り、十数億円を騙し取る… 「白仁王詐称事件」の“お粗末”な実態

“天皇の兄”と名乗り、十数億円を騙し取る… 「白仁王詐称事件」の“お粗末”な実態

SNSのメッセージやメールで誰かになりすまし、言葉巧みに誘導して金をだまし取る。そんな手口が当たり前になって久しいが、スマホで即座に事実確認ができる環境が整う以前の日本にも、より大胆ななりすまし詐欺は存在した。しかも、堂々と「皇族」を名乗り、人々から金銭を詐取していたペテン師たちがいたのだ。

本記事では、20世紀末に起きた「白仁王詐称事件」の顛末について紹介しよう。(ミゾロギ・ダイスケ)

“昭和天皇のご落胤”を名乗った「M資金」詐欺

1980年代後半、昭和末期の日本では地価と株価が上がり、銀行も積極的に融資を行っていた。そんなバブル期に、“天皇陛下のご落胤(らくいん)”「白仁王(しろひとおう)」と名乗る人物が現れた。

自称“白仁王”らの手口は一種の「M資金詐欺」である。

M資金詐欺とは、戦後の占領期にGHQが管理したといわれるが、公的には存在が確認されていない極秘資金「M資金」からの巨額融資をうたって手数料・保証金などを先払いさせ、だまし取る手口である。そして、架空の資金名が「M資金」でなくても、同様の手口の巨額融資詐欺を指して、「M資金詐欺」と総称される場合もあった。

本件では詐欺師の一派が、日本全国の中小企業経営者や資産家などに対し、「“白仁王”が皇室の多額の資金を管理している」「その資金の中から、中小企業の育成資金として融資することができる」「あなたの事業は国民のためになっているので皇室が後援を行う」などと持ちかけ、何億円、何十億円の融資を示唆した。  

そのうえで、契約金などの名目で数百万円を支払わせたのだ。

一流ホテルでイカサマ式典を開催

事前交渉は他の仲間が行い、“白仁王”本人は温存された。一派はそのうえで一流ホテルの宴会場で式典風の催しをたびたび開き、ターゲットとする人たちを呼び集めた。その場では、“白仁王”が皇族風の衣装を着て入場し、もっともらしく振る舞った。

また、執事のような役割を果たす自称“渡辺殿下”なる者がうやうやしく頭を下げ、場を本物らしく演出した。真相を知らない往年の人気歌手がゲストとして呼ばれて「君が代」を歌うこともあった。

“白仁王”が参加者に菊の御紋入りの感謝状を手渡し、「世界平和賞」といった勲章らしきものを授けるといった演出も用意された。参加者の多くはその空気に飲まれ、“白仁王”をやんごとなき立場にある人だと信じた。

1989年に当時の皇太子明仁親王が天皇に即位し、元号が「平成」となってからも一連の詐欺行為は続けられた。設定上、“白仁王”は自称“天皇の兄”となったのだ。報道では、日本各地だけでなく台湾でも怪しい動きが見られたという。

また、ホラ話のスケールはどんどん大きくなり、旧朝鮮王族の“殿下”や、満州国皇帝の弟といったキャラクターになりすます詐欺仲間が登場するケースもあった。

だまされる人が続出し、被害額は十数億円規模…

90年代初期はインターネットが一般家庭に普及する前であり、疑わしく思っても「白仁王 詐欺」と検索することはできなかった。そして、多くの人が多額の金銭を支払ってしまったのである。被害額は十数億円規模とされる。

やがて、だまされたと気づいた人たちの被害届が相次ぎ、1992年7月23日、“白仁王”らは富山県警に詐欺の疑いで逮捕された。1995年、実際は主犯だった“渡辺殿下”ことW(当時62)に懲役8年の実刑判決がくだった。“白仁王”ことS(当時68)や、仲間数名も詐欺ほう助などで有罪となった。

“白仁王”一派のお粗末すぎるキャラ設定

“白仁王”一派は、雰囲気作りには長けていた。だが、ある部分では詐欺としてなんともお粗末だった。とくにひどかったのがネーミングだ。“白仁王”は明仁親王(現上皇)の兄だと自称した。現上皇には弟である常陸宮正仁親王がいるが、公的に確認できる兄は存在しない。

常陸宮正仁親王の「常陸宮」は、「秋篠宮」「三笠宮」「高円宮」と同じ“宮号”である。そして「正仁」は個人名、「親王」は身位(しんい)だ。ちなみに昭和天皇の弟は、秩父宮雍仁(やすひと)親王、高松宮宣仁(のぶひと)親王、三笠宮崇仁(たかひと)親王である。

では、「白仁王」とは何なのか? “白仁王”は「白嶌誠哉殿下」とも名乗ったが、いずれにしても皇族の名前としてイレギュラーすぎる。ちなみに「白」は本名から一文字とったものだった。

そして“渡辺殿下”というネーミングもイージーなものだった。皇室典範第23条により、天皇、皇后、太皇太后、皇太后の敬称は「陛下」である(※)。これ以外の皇族の敬称は「殿下」とされ、宮内庁の表記でも「秋篠宮皇嗣(こうし)殿下」「愛子内親王殿下」などの形になる。

※天皇の退位等に関する皇室典範特例法により、上皇の敬称は「陛下」とされ、上皇后は皇太后の例により敬称は「陛下」となる。

皇族に苗字はなく、「殿下」は敬称であり、自分で名乗るものではない。“渡辺殿下”は本名の苗字に「殿下」を付けただけだった。あまりにも安易だ。そもそも、仮に本当に殿下であるならば、執事のように振る舞うこと自体が不自然だ。

「日本国国家代表者」「ナイトの称号」の稚拙さ

それ以外にもお粗末な要素がある。“白仁王”は、「日本国国家代表者」とも名乗ったが、日本の法制度上、そのような肩書や公的地位は存在しない。また、皇室の名で民間事業に巨額融資や後援を行う仕組みなどない。

さらに、“渡辺殿下”は「国際連合からナイトの称号を授与された」と自称した。“ナイト”とは本来、イギリスなどの君主国において、国王などの元首が功績者に授与する騎士称号である。国際連合は国家でも君主でもなく、こうした称号を授与する制度があるわけがない。

世の中の金銭感覚が平常とは異なりがちだったバブル期から、まだまだバブル的な空気が残っていた1992年にかけて行われたことが、一連の犯行が成立した背景にあるのだろう。

一方で、当時は、天皇の体調悪化報道からの崩御に至り、新元号「平成」の発表を経て、大喪の礼、即位の礼、大嘗祭(だいじょうさい)といった出来事が相次いだ時期である。

激動の昭和が回顧され、皇族の存在が強く印象に残るような時代背景が、荒唐無稽な“皇室の特別な資金”にどこか現実味を持たせていたことは間違いないだろう。

■ミゾロギ・ダイスケ

昭和文化研究家、ライター、編集者。スタジオ・ソラリス代表。大学の文学部を卒業。スポーツ雑誌、航空会社機内誌の編集者を経て独立。『週刊大衆』をはじめ、各媒体で執筆活動を続ける。犯罪、芸能全般、スポーツ全般、日本映画、スキー、プロレスなどを守備範囲とするが、特に昭和文化研究はライフワークだ。著書に『未解決事件の戦後史』(双葉社)。

配信元: 弁護士JP

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