【日本庭園 超・入門】金閣寺、兼六園、桂離宮……世界が絶賛する「池泉庭園」の美と歴史を紐解く

【日本庭園 超・入門】金閣寺、兼六園、桂離宮……世界が絶賛する「池泉庭園」の美と歴史を紐解く

醍醐寺・三宝院庭園(京都) 

海外からも羨望の眼差しが寄せられている「日本庭園」。2025年には、NYタイムズ紙による「世界の25庭園」に京都の苔寺(西芳寺)が選ばれ、桂離宮は、ドイツの建築家、ブルーノ・タウトを唸らせたなど、世界が絶賛する「池泉庭園」はどのように生まれ、発展したのか。その美の変遷と歴史的背景を、フランス在住の庭園文化研究家、遠藤浩子さんが解説します。

「池泉庭園」の歴史を辿る

さて、平安時代には、日本庭園の発祥の背景にあった思想や世界観の上に、池泉庭園のすがたの基礎ができあがったことを前回記事「超・入門①」で解説しました。そして続く鎌倉・室町時代には、武士の台頭という大きな社会的変化が、ほぼ同時期に導入された禅宗の思想文化と相まって、庭園づくりの方向性や美意識を大きく変えていくことになります。

寺院と庭園

日本庭園

簡素な日常の行いを修行とする実践的かつ心の制御が求められる禅宗は、武士の要請に応えるもので、また、修行のために大陸に渡る僧侶は、最新の学問・技術・文化を持ち帰る外交官・文化ブレーンとなったゆえに、武士の文化基盤は禅宗寺院に置かれることになりました。寺院は庭園文化を育む揺籃ともなり、特にあとで見る「枯山水」の発祥・発展にも繋がっていきます。寺院庭園の豊かさは日本の庭園文化の大きな特徴のひとつといえるでしょう。

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