
10年ほど前、「働き方改革」によって、「長時間労働=ブラック企業の証」という認識が定着した日本。メディアでは、対比として欧米の「成果主義」が盛んに取り上げられ、「日本も長時間労働をやめ、欧米に倣うべきだ」と報じられます。ところが、多くのメディアが取り上げる「理想的な海外の働き方」と実態は乖離があるようで……。木村琢磨氏の著書『社内政治の科学』(日経BP)より、日本における長時間労働のとらえかたの変化と海外の「熱意アピール」の現状についてみていきましょう。
日本人が長時間労働でアピールしていた「熱意」と「協調性」
かつて日本では、長時間労働はごく当たり前の光景でした。少人数で膨大な業務をこなさなければならなかったという事情はあったと思います。また、昼夜を問わず入ってくる取引先からの電話に対応しなければならない場面も多々あったでしょう。
しかし、夜遅くまで職場に残ることには、単に仕事を終えるという目的以外の意味もありました。それは、自分は「熱心な社員である」「忠誠心のある社員である」という無言の自己アピールでもあったのです。そうした残業時間の中には「サービス残業」として対価を伴わない労働もありました。
また、仕事がないのに職場に残る「付き合い残業」もありました。その理由は「上司より先に帰りにくい」「同僚がまだ残っているから帰れない」といったものでした。
こうした行動は、協調性がないと思われるのを防ぐ目的もあったのです。熱心さや忠誠心、協調性を示す行動は、上司や同僚との良好な関係を築くために重要でした。さらに、上司からの印象を良くすることによって、人事評価で高く評価されることを狙っていたのです。
このような自己アピールを社内政治と呼ぶべきかどうかは意見が分かれます。もしこれが、単に嫌われたくないという理由によるものではなく、人脈づくりや評価を上げるための戦略的な行動であれば、社内政治の一部といえるでしょう。
過労自殺事件が、「働き方改革」のきっかけに
日本の長時間労働、サービス残業、そして過労死は長らく問題視されてきましたが、なかなか是正が進みませんでした。
この流れを大きく変えたのが、2015年に発覚した電通社員の過労自殺事件でした。この事件では、入社一年目の若手社員が、過酷な労働環境で精神的に追い詰められ、自ら命を絶ちました。
この出来事は社会に大きな衝撃を与え、政府主導の「働き方改革」が急速に進むきっかけになりました。長時間労働の危険性が注目され、「命を削ってまで働くことは美徳ではない」という認識がようやく広まり始めたのです。
