いつまでも輝く女性に ranune
「出会いはあるのに、恋愛は難しい…」28歳商社マン・NY駐在員の婚活リアル

「出会いはあるのに、恋愛は難しい…」28歳商社マン・NY駐在員の婚活リアル

◆これまでのあらすじ

ニューヨーク転勤をすることになった総合商社勤務の遥斗。

付き合っていた彼女の美沙にフラれたことをきっかけに、新しい出会いを探すことに。

日本人で現地のコンサル会社に勤める莉乃と付き合い、幸せを感じていた遥斗。だがある日、急に莉乃から呼び出され…。

▶前回:「好きだけど、なんか合わない」バリキャリ女子と付き合って半年、28歳商社マンが感じた違和感とは

Vol.10 最後の決断


「遥斗に話したいことがあるの」

突然の莉乃からの呼び出しがあり、遥斗はレストランに駆けつけた。彼女は、遥斗が席につくなり、嬉しそうに告げた。

「ロンドン転勤が決まったの」

一瞬、耳鳴りがして店内のざわめきが遠のく。理解が追いつかず、莉乃の言っている意味がわからなかった。

「……ロンドン?」

「うん。3ヶ月後にいくの。しばらくは帰ってこられないと思う」

突然のことに動揺を隠しきれなかったが、なんとか「おめでとう」と告げる遥斗に、莉乃が言った。

「それで、わたしたちのことなんだけど…遥斗はこれからどうしたい?」

莉乃からの問いに遥斗は言葉を探しながら、胸の奥で昔の自分を感じていた。

ニューヨーク転勤が決まったとき、同じように自分も当時付き合っていた美沙に「どうしたい?」と聞いた。

相手の気持ちを尊重するふりをして、実際には二人の問題の答えを相手に委ねていたのだと遥斗は気付いた。

それどころか、本音は美沙に自分から「付いていく」と言って欲しかったし、そう言ってくれるものだと、思い込んでいた。

― あの時の僕は、美沙に選択肢を与えていたようで、彼女がついてくる前提で話を進めていたのかもな。

遥斗は今ならわかる、本当は二人で決める選択肢が欲しかったのだと。

ただ、莉乃からは、あの時の遥斗とは違い、純粋に遥斗はどうしたいのか、希望を聞いているように感じる。

今回は自分の本音をきちんと莉乃に伝えたい、と真剣に自分の気持ちと向き合う。

少し考え、意を決して口を開こうとしたとき、莉乃の方が先にかすかな声で言った。

「遥斗のことは、大好き。でも…私たちきっと、離れたらうまくいかないと思うの」

胸の奥に、重い石が落ちたようだった。どこかで覚悟していた言葉でもあったが、相手から言われてしまうと、やはり悲しかった。

遥斗はゆっくりと、自分の中でバラバラに散らばっている感情を一つ一つ拾い上げ、言葉を紡ぐ。

「俺も、莉乃が大好きだよ。本当は離れたくないし、できれば続けたいって思ってる。でも…今のキャリアを諦めて、君と一緒にロンドンに行くことはできない。それに莉乃が言う通り、多分俺たちは距離ができたら、きっと今よりもっとすれ違うと思う…」

現状でも、うまくいっているといっても、それは気軽に会える距離にいるからだと二人とも感じていた。自分たちの関係は、触れ合えなければいつか気持ちは冷えてしまうと。

莉乃は一度、テーブルに視線を落とす。指先が震え、それを隠すように両手を重ねた。

「…お互い、欲張りだよね。キャリアも恋人も大事で、どっちも手放したくない。だからきっと、この関係は続かないんだと思う…」

その言葉は胸を刺すような正論で、そしてとても切なかった。

遥斗も莉乃も、お互いに何かを伝えようとして、けれど口を閉ざした。

遥斗と莉乃はとても似ている。だからこそ、お互いの気持ちが手に取るように分かるし、これ以上の言葉は必要なかったのだ。

二人は結局それ以上言葉を重ねず、静かに別れを決めた。


「これから忙しいだろうけど、頑張ってね。助けが必要なら連絡して。いつでもいくよ」

「ありがとう。遥斗も仕事頑張ってね。また連絡するね」

出発までの3ヶ月は「友達として会おう」と約束した。お互いに、すぐに関係を切るには辛すぎた。

だが、結局どちらも誘うことはなかった。会えば未練と後悔が溢れ、もっと苦しくなることが目に見えていたからだ。

遥斗は、胸の奥を鋭く貫くような、これまで一度も味わったことのない痛みに耐えながら、それをかき消すようにただひたすら仕事へ身を投じた。

そして迎えた出発当日の朝、莉乃から届いたメッセージ。

『今日ロンドンへ出発します。これまでありがとう。Love you, Haruto』

忘れようとしていたのに、不意に胸が締めつけられる。

迷った末、遥斗はUberに飛び乗り、急いでJFK空港へ向かった。

スマホで莉乃に電話をかけながら探し回る。出発はまだ先。ただもうゲートの中に入ってしまったかもしれない、と焦りが込み上げる。

「…遥斗…?」

莉乃の声が耳に届き、安堵の息を吐いた時、ゲート前のカフェでキャリーの横に座る莉乃を見つけた。

遥斗に気がついた莉乃は驚いたように目を見開き、すぐに柔らかく笑う。

「来てくれたんだね」

「もちろん」

莉乃はゆっくりと立ち上がると、遥斗を包み込むように寄り添った。遥斗もまた、自分の抱えるすべての感情を伝えるように、黙って彼女を抱きしめた。


「遥斗は、誰よりも誠実で、優しかったよ。私ね、久しぶりに愛される恋愛をした。ありがとう」

「莉乃…」

「私たちいつかまた、世界のどこかで会いましょう(Maybe someday, somewhere in the world, we’ll meet again.)」

その目は赤く、でも晴れやかだった。

「…元気で、頑張ってね」

莉乃はうなずき、最後にもう一度微笑んだ。

「あなたもね」

背を向け、キャリーケースを押して歩き出す。


ゲートが彼女を飲み込み姿が見えなくなるのを、遥斗はただ静かに見届けた。

莉乃と出会ったことに後悔など微塵もない。遥斗は莉乃の背中越しに、彼女の幸せを願った。




空港を出た直後、突然スマホが鳴る。ギャル姐からだ。

『莉乃ちゃん今日出発だったって?悲しみとストレスは酒で流すのよ、飲むわよ』

しんみりとした気分を打ち破るような文面に思わず笑ってしまい、誘いに乗ってマンハッタンの店へ向かった。

「で?結局どうなったの?莉乃ちゃんと」

「別れました」

ギャル姐は珍しく眉を下げ、指先でストローをくるくる回す。スカートの裾からのぞく組んだ膝にそっと肘を預け、頬に手を添えたまま、遥斗を静かに見つめた。

「遥斗はさ、自立した女性がいいって言ってたけど、本音は“面倒くさくなくて、自分についてきてくれる都合のいい子”を探していたんじゃない?」

「そういわれると、確かにそうかもしれないです…」

「これからはさ、アンタ自身が変わりたくなるような恋をしなさいよ。まだ若いんだから」

意外にもまっとうで、優しい言葉だった。

が、その後すぐにギャル姐は肩をすくめ、自分の頬を両手で押さえる。

「やだー!あたしがこんな真面目な話をしたら、肌荒れしちゃうじゃん!真面目モードとか、キャラ崩壊しちゃう!」

重い空気を取っ払うように大袈裟なそぶりで言うと、いつものギャル姐に戻った。

「聞いてよ。この間さ、クライアントと真面目な話をしながらカフェで注文して“Kaori”って名乗ったの。そしたら、渡されたカップに“Carrot”って書かれてたのよ。(アメリカではカップに注文者の名前を書く)

しかもその時、オレンジ色のワンピースを着ていたから、まさに私“ギャル姐”じゃなくて“ギャル人参”じゃんって、クライアントと爆笑よ!真面目な話どころじゃなくなったわ。私とうとう、人間どころか生き物でもなくなったわよ」

ギャハハと大口を開けて笑う、ギャル姐の声が、店内に弾けた。


店を出るころには少し気持ちも軽くなっていて、歩きながら夜風を深く吸いこんだ。

そのとき、スマホが再び震える。今度は先輩の二宮からだ。

『遥斗を紹介してほしいって子がいるんだけど、いい?東京でWebデザイナーやってて、めっちゃ可愛いんだわ。連絡先、教えていい?』

莉乃の姿が一瞬脳裏をよぎり、胸が少し痛む。

けれど莉乃はもういない。

少し考えた遥斗は、「いつまでも立ち止まっていられない、前に進もう」と、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

『二宮さんからの紹介なら、断れないですね。ぜひ!』

苦笑いしながら、遥斗は送信ボタンを押す。

― 俺も、まだまだ懲りてないな…。

ニューヨークでは、出会いと別れが分刻みで起きている。

正直、新しい出会いは星の数ほどあり、刺激的で楽しい。

その一方で、別れも多く、切なさもついてくる。

たった一人の誰かを見つけることが難しいのは、世界中どこにいても同じだ。

それでも、ニューヨークの風景や人々はエネルギーに満ちている。

いつも何かを追いかけるように、前へ、前へと進みたくなる。

今日も遥斗は、何かを追い求めるように、ニューヨークの街を歩く。

Fin.


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配信元: 東京カレンダー

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