いつまでも輝く女性に ranune
22時、彼からの呼び出しに喜んでついて行った女。 しかし、期待していたような展開にはならず…

22時、彼からの呼び出しに喜んでついて行った女。 しかし、期待していたような展開にはならず…

◆これまでのあらすじ

大好きな豪の自慢の彼女でいるため、20時以降は何も食べないダイエットをしていたのに振られてしまった市子。人には言えない失恋の傷が癒えず、新たな恋に踏み出せないでいる双葉。

そんな双葉の想い人だった六郎と結婚したものの、主婦として閉塞的な日々を過ごす早紀。

そして、豪への恋心を抱き始めたお嬢様、栞──。

それぞれの想いが交錯するなか、次なる深夜の美食は…。

▶前回:お受験幼稚園ママ友のクリスマスパーティー。留守がちな夫の話題で盛り上がる夜

Vol.8 <栞:五反田の鮨バー>


両親と一緒に乗ったタクシーが青山の自宅に到着したのは、22時半。

父と母と私の3人家族で外出をして、ここまで遅い時間になることは普段はめったにない。今夜こんなに帰宅が遅くなったのは、いよいよ年の瀬が迫っているからだ。

「いやぁ。福岡のおじさんは本当に全然変わらないな。えーと、今年で何歳になったんだ?」

「82歳って言ってましたよ、本当にお元気ね」

「そうか。東京に呼ぶばっかりじゃなくて、こっちもたまには九州に顔出さないとなぁ。たまには栞も一緒に行って、宮崎でゴルフでもするか。え?」

少しお酒を飲み過ぎたのかもしれない。玄関でエドワード グリーンの革靴を脱いでいる父は、帰りの車の中でもずっとこの調子の上機嫌で、親族たちの近況について母と話し続けている。

インフラを手がける父の会社は規模に見合わぬ非上場で、曽祖父の代から続く家族経営だ。もともと親族の繋がりは強いけれど、特に年末年始にかけては、親族が一同に集まる機会がとても多くなる。

今夜もついさっきまで、赤坂のホテルの会場で親族のパーティーが開催されていた。集まりを楽しみにしているのは決して父だけじゃなく、私だって参加することを幼い頃から毎年楽しみにしている。

だけど…。

どうしたことか今夜の私は、久しぶりに会ういとこたちと話していても、叔父さんや伯母さんたちに可愛がられていても、完全に上の空になってしまっていたのだった。

福岡のおじさんの年齢も、いとこの結婚も、会社の新規事業のこともなにもかも差し置いて、私の頭をずーっと占領しているのはこれだけだ。

― 豪さんは今頃、何してるかな…。

あの夜。

忘年会の後に、一緒にお鮨を食べに行ったあの夜以来、私はすっかりどうにかしてしまったらしい。

別に今夜だけに限らず、いつでもどこでも何をしていても、朝から晩まで気がつけばずっと豪さんのことを考えてしまうのだ。

仕事上での直接的なやりとりはないものの、会社では日々少しずつ、豪さんとの距離は縮まってきているように感じる。

私の思い違いでなければ豪さんのほうも、私のことを少なからず身近に感じてくれるようになったみたいだ。

毎日気軽に「おはよう」や「おつかれ」という言葉をかけてくれるようになったし、それに、ちょっとした雑談だってする仲になった。

あの夜の帰りのタクシーでLINEはバッチリ交換したし、

「栞ちゃんって、美味しいお店詳しそうだよね」

豪さんのほうからそう言われて、先週はインスタまでフォローしあったのだ。それからは一層会話の幅が広がって、私が載せた美味しいレストランの投稿に「いいね」を押してくれることだってある。

豪さんとやりとりができた日は、飛び上がるくらい嬉しい気持ちになってしまう。

けれどそんな毎日のなかでも、ひとつだけ、引っかかっていることがあるのだ。

「良かったら、また一緒に美味しいもの食べたいです。夜遅くでも、何時でも」

あまりにも楽しかったあの夜。帰りのタクシーで勇気を出して言った言葉には、まだ応えてもらっていない。

― 精一杯のアピールしたつもりだったのに、伝わらなかったのかな…。

恥ずかしながら今まで一度も恋愛経験がない私には、正解がわからない。

そうしてやきもきしている間に、世の中はすっかり年末年始だ。私を含めた部署の人たちの多くは昨日が仕事納めで、今日からは休みに入ってしまっている。

デートに誘ってもらえなくても、会社で毎日豪さんの顔が見られればいい。そんなふうに自分を納得させていた日々は、すっかり中断されてしまったのだ。

その結果私の頭の中は、

「豪さんは今どこでどんなふうに過ごしているんだろう?」

その考え一色に染まってしまっているのだった。

「お父さん、コーヒー淹れます?」

「ああ、もらおうかな」

帰宅した両親は、いつもの調子でリビングでくつろぎはじめる。

普段ならば私も一緒にテーブルについて小さなお菓子でもつまむところだけれど、今夜の私はそれどころではない。

「私はいいや。ちょっと疲れちゃったから部屋にいるね」

父と母を横目にそう伝えて、私はひとり2階へと上がった。

私が一緒に家族団らんをすると思い込んでいたであろう父が、おろおろとするのが見えたけれど、構ってはいられなかった。

この時間にコーヒーなんて飲んだら、ただでさえ豪さんのことを考えて眠れない夜が、なおさら眠れなくなってしまう。

それに、この前の夜。少しくらい帰りが遅くなったからといって、引っ切り無しに連絡をし続けてきた父には、少し怒ってもいるのだ。

父が私のことを大切に思ってくれている気持ちは、わかる。会社勤めだって、父のコネで腰掛けOLをしていると思われているのだって、わかっている。

だけど私はもう、23歳の立派な社会人なのだから、父の方だって少しくらいは慣れるべきなのだ。

そう自分に言い聞かせて階段を上り、部屋のドアを後ろ手に閉める。そしてまたすぐに、豪さんのことを考え始める。

もしこれが恋だというのなら、私はなんて大変なことを夢見てしまったのだろう?

素敵な男性と出会って恋がしたい。ドキドキしたり、ときめいたりしてみたい。漠然とそう夢見ていたけれど、手応えのない片想いなんて、胸が苦しくなるばかりだ。

フォクシーのワンピースのままベッドに倒れ込むと、私は大きくため息をつく。

そして、ハーフアップの髪の毛がゴロゴロと後頭部に当たるのも気にせず、パーティーからずっと控えていたスマホをやっと取り出すのだった。


スマホで立ち上げたのは、音楽ストリーミングのアプリだ。

豪さんと新宿から代々木まで歩いていた時、突然ライトアップされたクリスマスツリー。あとから調べてみるとあれは、とある女性アーティストの新曲リリースイベントだったらしい。

あの夜の余韻を長引かせられるためならば、どんなものにでも縋りたい。その一心でここのところの私は、毎晩部屋でその曲を聴いている。

曲の内容が、なかなか振りむいてくれない男性にむけての気持ちを歌ったものだったことにも奇妙な偶然を感じていたし、女性の方から大胆にアプローチしたっていい…といったメッセージには勇気をもらえるところもある。

すっかり覚えてしまった歌詞を口ずさみながら、私はさらにインスタも立ち上げる。

だけど、次の瞬間。せっかく曲のサビがやってきたというのに、私の口から出てきたのは歌詞ではなく、「あっ!」という驚きの声だった。

だって、インスタを開くなり目に飛び込んできたストーリー…。

それは他でもない、豪さんのものだったのだ。

― 豪さんがストーリーを載せるなんて!

私は思わずベッドから飛び起きると、なぜだかスマホの前で正座をして大慌てで乱れた髪の毛を手櫛で直した。

インスタを交換して1週間ほど経つけれど、自分でも「グルメ情報を見るだけ」と言っていたとおり、豪さんはめったに投稿をしない。ましてやストーリーなんて載せるイメージは全くなかったから、ついびっくりしてしまったのだ。

『ひとりでフラッと覗きに来たけど、なかなかいい店。朝までやってて重宝しそう』

そんなコメントと共に載せられているのは、またしてもお鮨の写真だった。

― いま、ひとりでお鮨食べてるの?かわいい。

ドキドキと胸を高鳴らせながら投稿を送ると、私はまたしても小さく声を上げてしまう。

だって次の投稿には、『Sushi Bar 魚々 COZY』というお店の情報と共に、こんなコメントが添えられていたから。

『だれか一緒にどう?顔出せる人、連絡ちょうだい!』

信じられなかった。

「豪さんは今頃何してるんだろう?」

今日1日私の頭を占領していた難問の答えが、目の前にある。さらにはなんと、私もそこに参加することができるかもしれない。

緊張で震える唇の端には、先ほど歌い切ることができなかったメロディーがそのまま残っていた。

― 女の子の方からアプローチしたって、いい…んだよね?

心の中で問いかけたって、誰も答えてはくれない。答えられるのは、豪さんだけだ。

私はもう一度お気に入りのあの曲をかけると、勇気を振り絞って豪さんにLINEを送る。

『こんばんは!インスタ見ました。よかったら私、行ってもいいですか?深夜のお鮨興味アリです』

豪さんからの返事は、1分とたたずに返ってきた。

『もちろん!よかったらおいでよ』

返事を見るなり「キャー!!」と叫んだ私が、背後からおどおどと呼び止める父の声を振り切って家を飛び出すまでも、きっと1分もかからなかったと思う。


一目散にタクシーに飛び乗り五反田へと向かう。小さなビルのエレベーターを2階に上がる。

そうして訪れた『Sushi Bar 魚々 COZY』は、一見するとまるで洗練されたバーのような雰囲気で、最高にオシャレな空間だった。

だけど、さっきまでのハイテンションからは打って変わって、私のテンションはどん底。

その理由は───。

カウンター席に座る豪さんと私の間は、ふた席分もの人に阻まれていたからだ。

どうやらあのストーリーを見て駆けつけたのは、私だけじゃなかったらしい。

お鮨好き仲間がたくさんいるという豪さんのお友達は、私の後も数人やってきて、結局この場は私を含めた総勢6人もの豪さんの“お鮨友達”が集まったのだ。

2度目のデートになるかもしれないという期待は、空気の抜けた風船みたいに萎み切ってしまった。

私が息を弾ませて駆けつけたのは、深夜の美味しいお鮨とお酒を楽しむだけの会だった…ということらしい。


― なんて、なんて罪な人なんだろう!

憂さ晴らしのように食べ進めたお鮨は、悔しいけれどあの夜に負けないくらい美味しかった。

固めのシャリで小ぶりな握りや、おつまみ感覚で放り込めるトロタク細巻きは、否が応でもお酒が進んでしまう。

“Sushi Bar”と掲げているだけあって、お酒の品揃えもすごく豊富なのも憎らしい。自慢じゃないけれど父譲りの飲兵衛な私は、ついつい色んなお酒に手が伸びてしまう。

伊勢の爽やかなクラフトビール。岩手県のトマトのエール。滋賀のフルーティーな純米大吟醸に、長野県のそば茶のビール。

もはや深夜のヤケ食いだけでなくヤケ酒の域にも差し掛かってきてしまった私は、ピンクとグリーンのネオンの明かりの中で、ふと父の顔を思い出す。

― 私…。親に心配かけてまで、何やってるんだろう。

途端に、急激な悲しさに襲われる。分かってる。酔っているのだ。だけど、こんなに美味しいお鮨とお酒を前に、夜の感情の暴走は止めることができない。

店内にずらりと並んだ豊富な品揃えのお酒を前に、私は切なさを噛み締める。

豪さんにとっては私も、豊富な品揃えのうちのひとり。その他大勢のうちのひとりだ。

そう思ってしまった途端、美味しいお鮨は急に、酸味が効いた切ない味がするようにも思えた。

気がつくと私は、ピンクとグリーンのネオンの中で立ち上がっていた。そしてゆっくりと、豪さんの方へと歩みを進める。

「あの…豪さん」

店員さんと何やら話し込んでいた豪さんが、私の方を振り向く。

「栞ちゃん!どう?ここ。朝までやってるから、急に夜中にお鮨食べたくなっても…」

そう話し始める豪さんに私が返したのは、後から思うと、深夜のヤケ酒の勢いがなければ言えない言葉だ。

「お鮨は美味しいです。でも、はっきり言いますよ。私、豪さんとデートがしたいんです!」


▶前回:お受験幼稚園ママ友のクリスマスパーティー。留守がちな夫の話題で盛り上がる夜

▶1話目はこちら:大好きな彼に交際半年でフラレた女。未練がある女が、夜に足を運んだ場所

▶Next:1月12日 月曜更新予定
急接近していく栞と豪。一方、まだ豪のことを忘れられない市子も動き出し…

配信元: 東京カレンダー

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