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FIREを目指した〈億り人〉が直面した意外な現実…「早期退職」が必ずしも正解ではないワケ

FIREを目指した〈億り人〉が直面した意外な現実…「早期退職」が必ずしも正解ではないワケ

FIREという言葉がまだ広まる前から「アーリー・リタイア」を意識して投資を始め、ついには「億り人」となった個人投資家の水瀬ケンイチ氏。しかし、資産を築いた今、「必ずしも早期退職(RE)」はしなくても良いかな」という考えに至ったといいます。水瀬氏の書籍『彼はそれを「賢者の投資術」と言った』(Gakken)より、水瀬氏がそう考えるようになった経緯と社会的背景について掘り下げます。

FIREするのか?しないのか?問題

FIREとは「Financial Independence, Retire Early」の頭文字を取ったもので、「経済的自立」と「早期リタイア」を意味する言葉だ。働きながら投資で資産を増やして、生活費の25年分の資産形成に成功したら、その時点で仕事をやめて自由に生きようというムーブメントだ。

FIREムーブメントに関する包括的な調査として、Trinity Study(正式名称:「Retirement Savings: Choosing a Withdrawal Rate That Is Sustainable」)が有名である。これはトリニティ大学のフィリップ・クーリー教授らが1998年に発表し、2011年に更新した研究で、4%ルールの理論的根拠となっている。

バンガード社の “FIRE movement: Achieving financial independence”(2021年レポート)によると、FIRE達成者の平均年齢は約43歳、平均資産は約1.7億円(150万ドル)であるという。また、ほとんどのFIRE達成者が完全に仕事から離れるのではなく、好きな仕事や社会貢献活動を続けているという結果も出ている。これは「伝統的FIRE」から「バリスタFIRE」や「コーストFIRE」など、より柔軟なFIREの形が増えていることを示している。

私はFIREという言葉が出てくるずっと前、投資をはじめた2000年ごろから「アーリー・リタイア」を意識して投資をおこなってきた。ブログ運営は今年20周年を迎えるが、そのプロフィール欄には「下町の個人投資家。妻1子なしの共稼ぎです。今は会社勤めですが、投資で早期リタイアしてある分野で思う存分社会貢献しようと考えています」と書いてあり、ブログ開始当初から年間変わっていない。

一時は休職に追い込まれるほど仕事で苦労してきたが、「アーリー・リタイア」の目的は、ただ嫌な仕事を辞めたいからではなく、自分が好きなことで(生活費の心配をすることなく)思う存分社会に貢献したいからだ。青臭いことではあるが、その思いはいまも変わらない。

当時は会社勤めではそれは無理だと考えていた。通勤ラッシュの電車で出社して、朝から晩までクタクタになるまで仕事をして、また通勤ラッシュの電車で夜中に帰ってくる。これを続けているうちは、自分の好きなことで社会に貢献する時間など作れないと思っていた。だから、生活費のために仕事をする必要がなくなるくらい資産を作って、アーリー・リタイアしてから取り組もうと考えていたのだ。

「必ずしも早期退職しなくていいかな」と思うようになった理由

ただ、この25年間で、環境が劇的に変わってきた。

まず、インデックス投資との出会いだ。トイレ・トレーダーだったころは、投資が仕事と生活に侵食して破たんしかけたが、手間がかからないインデックス投資との出会いで、投資にかかる時間が劇的に減った。おかげで仕事と生活に注力できるようになった。

すると、空いた時間で何かをする余力が生まれた。私は働きながらではあるが、本を乱読や投資の実践で得た知識を書いた投資ブログの執筆をはじめた。おかげさまでたくさんのかたにご覧いただいている。ブログがきっかけでメディアの取材を受けた。さらにたくさんのかたに情報を届けられるようになってきた。そのうちに、連載コラムの執筆を依頼されたり、書籍の執筆まで依頼されたりするようになった。私が全著書を熟読してセミナー最前列でかぶりついて話を聞いていた故・山崎元さんからX(旧Twitter)のダイレクトメッセージで「一緒に本を書きませんか?」とお声がけをいただいたときには驚きとよろこびで震えた。

そして最近では、リモートワークの普及で通勤時間もなくなり、さらに時間的余裕が生まれた。コロナ禍以降、私はほぼリモートワークで働いている。毎日、片道1時間超、往復3時間弱の移動時間がなくなることで、さらなる活動余力が生まれた。私は働きながら、こうして書籍の原稿を執筆することもできるようになった。

億を超える資産形成に成功したいま、FIRE(経済的自立と早期退職)のFI(経済的自立)部分はすでに達成したと言っていいと思う。しかし、必ずしもRE(早期退職)する必要はないのではないか、という考えに変わってきた。というのも、上記のような環境変化によって、現在の働き方でも自分のやりたいことが実現できるようになっているからだ。

キャリアコンサルタントの調査によれば、「何のために働くか」と尋ねられた場合、「ただお金のため」と答える人は20%程度に過ぎず、多くの人が「社会的意義」「自己成長」「人との関係性」などを重視しているという。つまり、私たちの多くは仕事自体に何らかの価値を見出しているのであり、単なる収入源として割り切れるものではないのだ。

資産形成が進んだおかげで、仕事に対する見方も変わってきた。以前は収入のためだけに耐えるように働いていた部分もあったが、今は自分が本当にやりたい仕事、社会に貢献できる仕事に集中できるようになった。もちろん収入は大切だが、それだけが仕事の目的ではなくなってきている。

もう生活のために会社で働いているという感覚はない。勤務先での昇進を目指していないこともあり、ずいぶんと気が楽になった。不思議なもので、いつでも辞められる自由を手にすると、肩の力が抜けたからか、かえってよい仕事ができるようになった気がする。上司、同僚、部下との関係もおおむね良好だ。

経済的な余裕ができたことで、自分や家族の健康を何よりも優先できるようになったのもありがたい。若いころは「とにかく稼がねば」という焦りがあったが、いまは「機嫌よく生きる」ことを意識している。よい仕事をするためにも、健康であることが一番だと痛感している。嫌なこと、理不尽なことを我慢して耐え続ける必要はない。

こうなると、もはやFIREしなくても、すでに私の目的は果たせる状態にあるといっていい。いつでもFIREできる状態にありつつ、仕事を楽しみながら、社会に貢献できる情報発信活動も続けられている。これが私にとっての「FI(経済的自由)の真の価値」なのだ。

水瀬 ケンイチ
個人投資家

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