東京の生活に疲れました…〈退職金2,200万円の60代夫婦〉定年後、スローライフを求めて40年ぶりに住んだ「地元」で驚愕。理想の大崩壊に「私の老後は都会が一番だった」と気づいたワケ

東京の生活に疲れました…〈退職金2,200万円の60代夫婦〉定年後、スローライフを求めて40年ぶりに住んだ「地元」で驚愕。理想の大崩壊に「私の老後は都会が一番だった」と気づいたワケ

65歳の新参者は「地域の最若手」という過酷

さらにマサキさんを追い詰めたのは、コミュニティの構造でした。定年後、ゆっくり隠居生活を送るつもりが、町内会長から突きつけられたのは「労働の要請」です。地域の草刈り、側溝の掃除、祭りの準備、そして冬の雪かきまで。

「マサキさんとリンコさん、あんたたちはまだ若いんだから、青年会の手伝いもやってくれ」

東京では「高齢者」として敬われるはずの65歳が、この地では「貴重な若手の労働力」としてカウントされていたのです。「腰が痛いのに、若者扱いだなんて」地元住民との人間関係に悩みを抱えるようになった妻のリンコさんからは文句が増えます。

「40年ぶりに住んでわかったのは、ここは『静かに暮らす場所』ではなく、『老体に鞭打って地域を維持し続ける場所』だったということです。お金があっても、誰も雪をかいてくれない。誰も蛇口を直しに来てくれない。自分の体力が尽きた瞬間、この生活は終わるのだと悟りました。老後、一番住みやすいのは都会ということですね」

理想を捨てて「サービス」を買いに戻る

リンコさんも、医療の現実に絶望していました。大きな病院までは車で1時間。しかも、その病院の医師たちも「いつまでこの地域に派遣が続くかわからない」という不安を抱えていました。

「私たちが80代になったとき、自分で車を運転してこの不便さを支え続けるのは不可能です。退職金を守ることよりも、『お金で安全と利便性が買える場所』に身を置くことのほうが、真のリスクヘッジだと気づきました」

結局、二人は移住から1年を待たずして、1,500万円かけた実家を放置し、東京近郊のバリアフリー賃貸マンションへの再移住を決めました。

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