
長寿社会の日本。今や5人に1人が認知症になる時代です。しかし、日本人の大半は自身が認知症になった時のイメージをしておらず、なってしまったあとで銀行口座がブロックされてしまうなど、備え不足のトラブルが多発しています。本記事では、太田垣章子氏の著書『「最後は誰もがおひとりさま」のリスク33』(ポプラ社)より一部を抜粋・再編集して、自分が認知症になってしまったあとに予測されるお金の問題、そのために今できる対策について詳しく解説します。
認知症になってしまったら、誰がお金の管理をするの?
自分のお金の管理が、自分でできなくなるという現実
5人に1人が認知症になってしまうといわれているのが、日本の長寿社会です。それなのに日本人の大半は、自身が認知症になった時の備えをしていません。「自分に限って大丈夫……」と思っているのでしょうか?
私のもとに、ご相談に来られた山中さん(仮名・73歳)。認知症で施設に入所した奥さんの銀行口座から、お金を引き出したいと悩んでいるとのことでした。専業主婦の奥さんの口座。いったいいくら入っているのでしょうか。
「だいたい80万円くらいですかね……」これ以外、奥さん個人に資産はありません。既に認知症になってしまって、もはや奥さんの意思を確認できる術がなくなってしまった今、奥さんの資産を使うには、法定後見制度を利用するしかありません。
裁判所に、法定後見の申し立てをすると、一般的に後見候補人がそのまま選ばれることもありますが、親族の意思にかかわらず弁護士、司法書士等が選任されることもあります。そしてその法定後見人が、奥さんの口座のお金を、奥さんのために使用していくことになります。
基本、親族の思いは反映されません。後見人がご本人のことだけを考えて、ご本人のためだけに、お金を使っていきます。もし山中さんが後見人に選任された場合、毎年奥さんのお金に関する出納帳のようなものを裁判所に出さなければなりません。
実は、法定後見制度は、後見人にとっての負担も大きいので、諸手を挙げて賛成することはできない制度です。どうしても制度を利用するしかない、そんな時に使う制度と思ってください。
だからちょっと待って。80万円を引き出すためだけに、わざわざ法定後見制度を利用する必要があるのでしょうか?
「別に妻の口座を使わなくても、施設の費用は払っていけます」。山中さんの場合、奥さんは専業主婦で、家庭の経済は全て山中さんのお金で賄ってきています。ただ単に「妻の使っていない口座にお金が残っていることが気持ち悪い」だけで、そのお金を使わなくても生活には全く支障はありません。
それよりももっと重要なことは、山中さんご自身のことです。奥さんがお亡くなりになるまで、山中さん自身が健康で頭もはっきりしているという保証はどこにもありません。もし山中さんが入院するようになった時、誰が入院手続きをしてくれますか?
もはや奥さんを頼ることはできません。もし山中さんの意思が怪しくなった時、誰が奥さんの施設の費用を払うのですか? 全ての会計を山中さんが担っているのですから、たちまち奥さんの施設はお金が払ってもらえなくなって困ります。
もし山中さんが先に亡くなってしまったら、誰が火葬の手続きをしてくれますか? 自分で棺に入ることもできないし、火葬のボタンを押すこともできません。ましてや遺された奥さんが亡くなった時、誰が手続きをしてくれるのでしょう。
「おひとりさま」=結婚していない人ではない
パートナーが認知症にかかってしまったときは、みんな「おひとりさま」
結婚していると、「相手がしてくれる」と安心してしまいますが、たとえ夫婦であったとしても、片方が認知症になってしまったら、その瞬間から「おひとりさま」です。夫婦が同時に亡くなることは少ないので、いつかは皆「おひとりさま」になってしまいます。そのことに気付いていない人が、どれだけ多いことやら……。
「おひとりさま」=結婚していない人ではないのですよ! 日本人は一億総おひとりさまなのです。さらに山中さんご夫婦には、子どもがいません。長年会ってもいない姪がいるだけです。彼女が今どこに住んでいるか、どのような生活をしているかも知りません。それでも万が一の時には、日本は戸籍制度があるので、姪っ子さんにたどり着くことができます。
日本では親族の意思が尊重されるので、その姪っ子さんが次々といきなり判断を迫られることになります。どこの施設に入所させるのか、医療をどこまで求めるのか、どのような埋葬をするのか等々、姪っ子さんからしても叔父夫婦の意思も分からないまま判断を迫られるのです。酷じゃないでしょうか。
しかも姪っ子さんからしたら、自分の生活でも忙しい時期に、親のみならず叔父夫婦のことまで。勘弁してよ、と思っても当然かもしれません。そのような状態は、お互いにとって不幸なことと感じてしまうのは、私だけでしょうか。
もちろん亡くなる寸前まで、頭がはっきりしている方もいます。そんな奇跡的な人でも、自分の死後のことはできません。そして当然のことながら、自分で判断できなくなることの方が圧倒的に多いのです。それが分かっていながら、放置するのはあまりに無防備というもの。
認知症になってしまうと、残念ながら自身のお金を自由に使うことができなくなります。「こんな施設に入所したいな」「お金は、このことに使ってほしいな」もしそんなことを考えていたとしても、備えておかないとただの妄想に終わってしまいます。
山中さんがすべきことは、奥さんの口座からお金を引き出すことではなく、ご自身に何かがあった時に、
• 奥さんの施設の費用がちゃんと支払われる
• 奥さんに万が一のことがあっても誰かが対応してくれる
• 自分の入院手続きや費用の支払いをしてくれる
• 自分が死んだ時の一連の葬儀手続き等の対応をしてくれる
まだまだありますが、まずは、このようなことに対して備えておくことが大切なのです。
いつまでも何でも、自分でできるわけではありません。同じようなことが、障がいを持つお子さんのいる親御さんにも当てはまります。「自分が頑張らないと」と、頭が下がるほど懸命にサポートされます。でも親御さんが病気になったりしたら、どうなりますか? 「私が頑張らないと」という思いは尊いものですが、自分が衰える時のことをイメージして備えてほしいと思います。
自分に判断能力がなくなったり病気になった時のことを、定期的に想像してみましょう。そうすれば何を備えればいいのか、見えてくるはずです。仮に子どもがいたとしても、親のお金を自由に使うことはできません。自分で判断ができなくなってしまった後、自分の思いを叶えてくれるように備えておくことが大切なのです。
太田垣 章子
司法書士、賃貸不動産経営管理士、合同会社あなたの隣り代表社員
