いつまでも輝く女性に ranune
「小5で一人暮らし」「21歳でがん宣告」…過酷な人生を歩んだ34歳女性が、“生きる場所”を見つけるまで

「小5で一人暮らし」「21歳でがん宣告」…過酷な人生を歩んだ34歳女性が、“生きる場所”を見つけるまで

◆16歳で背負わされた「父の延命」という残酷な決断

小夏つむぎ
今でも背中を壁につけないと眠れないのだという
――お兄さんからの性被害は暗い影を落としそうですね。

小夏つむぎ:当時は明確に自覚しませんでしたが、きっとそうだと思います。夜に寝ているときに、いつの間にかされていたり、「痴漢ごっこしようよ」と遊びの体で誘われることもありました。私が高校入学直後くらいまで、断続的に続いたと思います。私は性的なことに目覚めるのが遅かったものの、得も言われぬ不快な感じはずっとありました。

 別件ですが、母が雇っていた従業員からの被害にも遭っています。自宅が母の事務所も兼ねていたので、従業員の出入りがあり、当時いじめが原因で不登校だった私との接触もあったのです。

 そうした経緯から、現在でもなお背中を壁につけていないと眠れなくなってしまいました。あるいは、一人暮らしで誰もいない部屋なのに物音にビクビクしたりすることもあります。

――お母様との信頼関係も、あまり構築できなかったと伺いました。

小夏つむぎ:私が16歳のとき、父が病死しました。その少し前、公衆電話からかけてきた母に「お父さんを延命させるか、させないか、あなたに決めてほしい」と言われたんです。けれども、当時の私はその意味が深く理解できません。私は「延命しない」と言いました。ほどなくして父は亡くなりましたが、その後、精神的に不安定になった母から、「お前は人殺しだ」と言われたのを今でも覚えています。「私が殺したんだ」という罪悪感が、いまだに消えることはありません。

◆「私にどうしろと」娘のがん告白を拒絶した母

――その後も小夏さんは直腸がんになるなど、さまざまなつらい体験をしますよね。

小夏つむぎ:一般にがんは大病であり、たいへんなことだと思います。けれども、家族で暮らしているあいだ、ずっと辛くて、ずっと消えたいと思っていた私にとっては、それだけが特別なイベントではないというのが正直なところです。 

 がんのことを伝えたときも、母は「あぁ、そうなんだ」という薄い反応でした。昔から、私が体調不良を訴えても、「お母さんも体調悪くて」と自分の話にすり替えてしまう人です。また、高1のときに私がいっぱいいっぱいになって、母に兄からの性被害を打ち明けたときも、「そんなの知ってたわよ。私にどうしろっていうの」と突き放されています。こうした体験から、周囲を味方と思えなくなってしまいました。

 兄からの性被害も、がんという大病も、もちろんつらかったですが、「それを言うなら人生全体がつらかったな」と率直に感じますね。


配信元: 日刊SPA!

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