◆起死回生の策でシェア拡大に成功
起死回生の策として、事故の翌年から新たに導入したのが「ワンクッション輸送」だった。「これまでも車内を清潔に保ち、馬にこまめな給餌や給水を行ってきました。それでも輸送時間が20時間を超えると、馬が発熱して体調を崩す確率が急激に高くなってしまうのです。そこで2014年に福島県の牧場と契約し、北海道から関西地方まで輸送する間に提携牧場で馬を半日休ませて、目的地にお届けする『ワンクッション輸送』を開始しました」
ワンクッション輸送は馬のストレスを大きく軽減する画期的な取り組みとして注目され、同社は信用を取り戻すことに成功。現在は北海道から関東圏までの輸送はJRA所属馬の30%、関西圏までの輸送では70%のシェアを獲得するまでになった。
「先代社長の父の時代から『馬に良いことは何でも取り入れよう』という姿勢で事業を行ってきましたが、X腸炎の事故を機に経営コンサルタントにも入ってもらい、より外部の視点や発想を取り入れています。近年は業容を拡大するため、ドライバーも積極的に採用しています。どの業界も人手不足に悩んでいますが、私たちの場合は、まず競走馬の長距離輸送という仕事があることを知ってもらうところから始めなければなりません。そこで2023年からYouTubeチャンネルを始めて、業務内容などを発信しています」
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こうした地道な取り組みが評価され、同社は「北海道を代表する企業100選」に選出されたほか、リモート勤務の事務スタッフ募集に約3200人が応募するなど、知る人ぞ知る専門企業として存在感を増している。
世の中には注目される役回りだけでなく、黒子に徹した縁の下の力持ちが数多いる。「競走馬輸送中」という馬運車を見かけた際は、これから大舞台に臨む馬のことだけでなく、プライドをかけて運搬を担う人たちの存在にも思いをはせてほしい。
<取材・文/中野 龍>
【中野 龍】
1980年東京生まれ。毎日新聞「キャンパる」学生記者、化学工業日報記者などを経てフリーランス。通信社で俳優インタビューを担当するほか、ウェブメディア、週刊誌等に寄稿

