
URや公営住宅が呼び水となり、5700人の中国人が集結する千葉市美浜区。本国の激しい競争を逃れ、日本の緩い市場と相対的な高給を狙う層が、店舗を建物ごと買い占める圧倒的な資金力で街を塗り替えている。ゴミ出しや路上駐車といった生活ルールの崩壊に、50年住み続ける日本人住民が漏らした「本音」とは。日本経済新聞取材班『ニッポン華僑100万人時代 新中国勢力の台頭で激変する社会』(KADOKAWA)より、変質する巨大団地街の、数字と摩擦のリアルをみていく。※登場する取材協力者の肩書や年齢は取材当時のものです。
日本語が全く通じない…千葉県美浜区「ガチ中華」の実態
東京都心から、川口市と同心円上に位置する千葉市美浜区――。JR京葉線・稲毛海岸駅を降りると、東京湾に面した埋立地には大規模な団地が立ち並び、整然とした街並みが広がる。
[図表]中国人の居住地は郊外に広がる 出所:出入国在留管理庁の公表資料を基に日経が作成。2024年6月時点。東京23区と政令指定都市は除く
そこから徒歩で15分ほど。「マイショップ高洲」と書かれた古い看板がかかる小さな商店街にたどり着く。いわゆるアーケード街だが、立派なものではない。昼間でもやや薄暗い場所だ。
このすぐ近くに、地元の中国人に人気の「ガチ中華」の総菜店があると聞いて、のぞいてみた。
店のすぐ前には数台の車が路上駐車で並び、ハザードランプを点滅させている。しばらく様子をうかがうと、総菜店から次々と中国人らしき人が出てきては車に乗り込み、走り去って行く。テイクアウトの客だろう。そう思い、記者も試しに店内に入ってみることにした。
豚足、豚の頭…飛ぶように売れる「ふるさとの味」
中国の店にはよくある、重い透明ビニールののれんをかき分け、店内に足を踏み入れると、いきなり「你好[ニーハオ]!」と、威勢の良い中国語が耳に飛び込んできた。
突然の訪問を詫びながら、取材を申し込むべく、レジにいた女性店員に話しかけてみた。だが、日本語が全然通じない。奥で作業する店主とみられる男性にも声を掛けたが、全く日本語は分からないようだ。
意思疎通がうまくできずに、記者と店員が困惑している間にも、客はひっきりなしにやって来る。なるほど、人気店なのは確かなようだ。豚の頭など、日本の店ではなかなか目にしない総菜が数多く並び、それが飛ぶように売れていく。周辺に住む在留中国人の胃袋をみたしている店なのだろう。
まさか、ここまで日本語が通用しないのかと困惑していた記者が、スマートフォンの翻訳アプリを使って何とか取材を申し込むと、女性店員は拍子抜けするほど簡単に快諾してくれた。
「うちの客の8割は中国人ですよ」 。店員の女性は何も驚くことはないといった素振りで、仕事をしながら、こちらの質問に答え続けた。中国東北部・黒竜江省出身で、ここに住んでもう7年になるという。だが、いまだに日本語は一切分からない。おそらくここでは全く、日本語が必要ないのだろう。そう直感した。
中国人客にも話を聞いてみた。なぜ、この店に中国人客がたくさん集まって来るのか。
「ふるさとを思い出す味なんだ」
会社員の20代男性はそう言って、片言の日本語で質問に答えてくれた。男性も女性店員と同じく、黒竜江省のハルビン市出身。この日は、晩ご飯のおかず用に豚足と豚の頭、それに牛肉と野菜の炒め物を買ったのだという。これで数百円程度。
上下ジャージー姿で、サンダルで買い出しに来たその男性。記者との会話を終えると、嬉しそうに総菜が入ったレジ袋を抱え、足早に家に帰っていった。
〈礼金、仲介手数料、更新料、保証人〉不要のUR団地が人気
途切れぬ客の中に、日本人の姿はついに最後まで見つけることはなかった。一方で、大量に目にした在留中国人の客の数。背景には何があるのかと思ったが、ここでも川口の芝園団地に似た現象が起こっていた。
総菜店の近くには、高洲第一団地(4689戸)、千葉幸町団地(4287戸)など、全国的にみても規模がかなり大きい、都市再生機構(UR)が運営する賃貸の住宅団地が集まっていた。
やはり、「礼金なし」「仲介手数料なし」「更新料なし」「保証人なし」の4つの「なし」。芝園団地と同様、URのこんな打ち出しによって、この美浜区にも多くの中国人が引き寄せられていた。さらに、近くには県営や市営の団地も多くある。
川口市と並び、この美浜区は現在、中国人の急増エリアの1つになっている。取材班の調べによると、美浜区の在留中国人は約5700人に増加。区内全人口に占める比率は4%にまで上昇し、全国でもトップクラスの集積度を誇る。
中国の会社では要らない…38歳高給取りが日本に永住する残酷な理由
都内のIT企業に勤める、中国・山東省泰安市出身の男性、安浩[アンハオ]さん(38)も、そんな美浜区に住む在留中国人の1人だ。中国人の目に今、美浜や日本での生活はどう映っているのか。
――美浜区に住んで、どれくらいでしょうか。
「8年です。この辺りは中国人留学生、IT企業に勤める会社員、中国残留孤児の人やその家族が多いように思います。そのため中国人向けの専門料理店が集まっています」
――美浜は快適そうですね。
「私の会社は江東区豊洲にありますが、JR京葉線で東京に出るのも便利です。海が近いのも気に入っています。もともと近くの団地に住んでいましたが、借りるよりもう買った方がいいと思い、稲毛海岸駅前にあるマンションを買いました。3LDKで値段は4000万円。高くはありませんでした。中国人はもともと家は借りるより、いつかは買うというのが伝統ですからね、それで私も買いました」
――マンションを買ったということは、この先も日本で長く住む予定ですか。
「もともと中国で、日本企業のオフショア開発としてITの仕事をしていました。そこから日本に転勤することになったのです。当時は、『技術・人文知識・国際業務ビザ』で日本に入りましたが、今は日本の永住権も取りました」
――中国にはもう帰るつもりはないのですか。
「中国に帰ってITの仕事をやってもいいのですが、中国ではどんどん新しいIT技術が出てきて、若い人たちがそういう仕事を積極的にやっており、競争が激しいのです。私自身、もう若くはない。日本では今、私の給料はそれなりに高いけど、もし私が中国のIT企業に行きたいと言っても、中国のどの会社も私のことは要らないと言うでしょう。だからこのまま、日本で仕事することもしようがないと思っています」
