「日本の不動産はバーゲンセール」経営者が夜逃げした“バブルの残骸”を中国勢が次々と買収…石和温泉の4軒に1軒が中国資本、「客の8割が中国人」のホテルも出現

「日本の不動産はバーゲンセール」経営者が夜逃げした“バブルの残骸”を中国勢が次々と買収…石和温泉の4軒に1軒が中国資本、「客の8割が中国人」のホテルも出現

人口減少で衰退する日本の地方リゾートで今、中国資本の影響力が着実に増している。山梨県笛吹[ふえふき]市にある石和[いさわ]温泉の街中では、中国人オーナーが経営し、中国人観光客が利用するホテルが多くみられる。「ここが、チャイナタウンになったとしても、ゴーストタウンになるより温泉街に明かりがともり続けていた方が、まだいいです」。石和温泉旅館協同組合で理事長を務める古屋公士さん(51)はこう言って、やり切れない胸の内を吐露した。見た目には分かりにくい、浸透するチャイナパワーの実態とは。日本経済新聞取材班『ニッポン華僑100万人時代 新中国勢力の台頭で激変する社会』(KADOKAWA)より、みていこう。※登場する取材協力者の肩書や年齢は取材当時のものです。

中国語が飛び交う、石和温泉の今

かつて関東随一の歓楽街として名をはせた石和温泉は、バブル期の勢いにも乗り、1980年代後半から1990年代にかけ、最盛期を迎えた。首都圏からのアクセスの良さを売り物に、近郊では熱海などと並ぶ勢いを誇った。まだ、日本企業が会社をあげて社員旅行や忘年会、年末の納会などを盛んに行っていた時代に重なる。

だがバブル崩壊後、一気に勢いは陰る。約60軒あった組合加盟の旅館数は、今では半分にまで減った。温泉街の目抜き通りを歩いても、シャッターを閉めた店が目立つ。営業を休止したパチンコ店は、まるで廃墟のようになっていた。

弱る温泉街。買いに出たのが中国資本だった。取材班が、石和温泉にある旅館やホテルなど40の主要施設を対象に調査を試みると、中国資本に買収された施設は、温泉街全体の25%を占め、既に10軒にも達していることが分かった。

出所:石和温泉旅館協同組合などへの取材を基に日経が作成。2025年3月時点 [図表1]石和温泉は次々と中国資本の傘下に入った 出所:石和温泉旅館協同組合などへの取材を基に日経が作成。2025年3月時点

買収が始まったのは2010年代前半。後継者不足で廃業した旅館・ホテルが主な対象となり、勢いは新型コロナウイルスの感染拡大後に加速した。古屋さんは「新型コロナの影響は本当に大きく、旅館が倒産して、経営者が夜逃げしたホテルまでありました。そこに手を伸ばしてきたのが中国勢。だから温泉街が真っ暗になるよりは、もうこの際、中国人にオーナーになってもらった方が、マシかなと思うようになりました」と、振り返る。

ホテル「甲斐路[かいじ]」はその一つだ。2021年、東京で通販業などを営む孫志民[サンジミン]社長が買収した。経営不振に陥っていたホテルに大がかりなリフォームを施し、中国でも大々的に宣伝するなどして見事に経営を立て直す。今では宿泊客の8割が中国人だ。

この石和温泉では、ホテルを経営する「売り手」も、観光客の「買い手」も中国人という構図。日本を舞台に、日本人は抜きにして、中国人の間だけで完結するビジネスが今こうして、リゾートでも広がりをみせる。

中国では買えない土地も、日本でなら1~2割安く買える

ホテル「甲斐路」と同じく2021年、高原リゾートとして知られる栃木県那須町のホテルも買収した孫氏。なぜ今、日本のリゾートへの投資を積極的に行うのか。その真意を聞こうと、東京・上野にある会社事務所を訪ねた。

―石和温泉のホテル「甲斐路」は、どんな思いから買収したのですか。

「日本は中国に比べると、物件の価格が安いのです。私がたまたま中国人だったというだけで、私の会社は日本の法人です。経営している会社はネット通販が本業なので、将来を考えて、別の事業があった方が良いと考え、買いました」

―孫社長はいつから日本と関わりを持つようになったのですか。

「私は1987年に来日し、茨城大学で外国人専任講師になりました。比較文化論が専門です。茨城大学に5年勤めた後、起業しました。その頃から、日本は『もったいない』と感じていました。良いものがあるのに、全然、海外には知られていないと思いました。大自然の雰囲気、温泉、癒やしは、日本独特の文化でしょう。特に田舎の温泉旅館は、中国とは雰囲気が異なります。私も日本の温泉旅館が大好きですからね」

―その中でも、石和温泉の甲斐路に目が留まったのは、なぜですか。

「甲斐路の値段、場所を見て、これは絶対に買わないといけないと思いました。中庭の日本庭園が気に入りました。日本全国の物件を20件ほど見たなかで一番でした。我々が2021年に買収する前、甲斐路から客足が遠ざかっていました。そのホテルを1年かけてリフォームし、中国で開催された『観光見本市』で紹介したり、SNSを使ったりして宣伝しました。だから、今ではお客様の8割は中国人です。今、石和温泉で最も外国人が来るホテルにもなっています。日本庭園が、他の旅館にはない特徴です。中国人客の中には足湯につかりながら、日本庭園を眺めるだけで満足する人もいます」

―ホテル甲斐路のほか、栃木県那須町のホテルも買収していますが。

「甲斐路より、少し前に買いました。買収額は安かったのですが、リフォームに数億円をかけました。甲斐路はビジネスホテルのようなイメージですが、那須は1泊4万〜5万円のリゾートホテルです。2023年9月にリニューアルオープンし、食事がおいしいと評判です。こちらの客は今のところ、ほぼ日本人。那須は東京から遠く、冬は寒いせいか、中国人客はまだ1割未満といったところです」

―日本の不動産は中国人の方からみると、いかがですか。

「中国に比べて1〜2割ほど安いです。中国では土地は国の所有なので、中国人も買うことはできません。それが日本でなら中国人でも土地が買えます。長期で投資するなら、絶対に日本でしょう」

―甲斐路の経営は順調ですか。

「新型コロナの影響で、石和温泉にもほぼ人が来なくなり、中小零細のホテルはみな潰れかけました。ですが、それでも私は買収した甲斐路の経営を立て直す自信がありました。海外では今、日本に対する評価が上がっています。日本の文化が好きな外国人も多いですし、私は中国人ですが、狙っているのはインバウンド(訪日外国人)なのです」

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