今後さらに地方リゾートが、中国人の経営に取って代わられる?
その甲斐路から、わずか数百メートルの場所に建つホテル「花京[かきょう]」。ここも今では中国資本の傘下に入った。やはりコロナ禍明けの2023年8月、中国籍の董保国[ドンバオグオ]社長が買い取った。30年以上も前に来日し、笛吹市内に会社も所有している。最近は日本を離れ、ほとんど中国で生活しているというが、取材には中国から電話で丁寧に応じてくれた。
なぜ花京を買収したのだろうか。すると、董社長は「ホテル経営に行き詰まった日本人の経営者が、物件を売りに出していました。私は、ホテルをリフォームして人件費を減らし、宿泊プランを変更すれば、すぐに立て直せると考えました」と、淡々と話した。
ただ、董氏は、従来の経営手法には疑問を投げかけた。「コストが高い日本人の経営では、今の時代は難しくなってきています。もう時代は変わっているのです」
買収後、本当に経営は立て直されたのだろうか。「経営は順調ですよ。お客さんは入っています。中国人客よりも今は、少しだけ日本人客の方が多いくらいですね」
中国人は商才があると言ってしまえば、それまでだが、立て直しに苦労していた日本人の経営から、中国人経営に代わった途端、業績が上向くというのは、よく聞く話ではある。この先、こうした地方の多くのホテルや旅館が、中国人の経営に取って代わられてもおかしくはない。実際、董氏は今、花京だけではなく、甲府市内のホテルも経営するという。
日本人客が減った石和温泉では最近、目に見える形で、街並みにも大きな変化を感じるようになってきた。中国資本の旅館やホテルが密集する温泉街の東側。夕方にもなると、ホテルでチェックインを済ませた中国人観光客が、決まって散策に出掛けるこのエリアでは、中国本土の中華料理を提供する飲食店「ガチ中華」や、台湾式の足裏マッサージ店などが目立ってきた。
こうした雰囲気は、かつての石和温泉を知る多くの日本人からすると、少し変わりすぎではないかと、心配の声も上がってくる。市は「中国色」が強まる変化を、どう受け止めているのか。石和温泉近くにある笛吹市の市役所を訪ねて聞いた。
「確かに、石和温泉の旅館やホテルのオーナーが中国人に取って代わられるケースが増えていることは把握しています。石和温泉は、富士山に近い河口湖周辺の施設の3分の1程度の金額で宿泊でき、そうした安さもあって中国人観光客が増えています」と、観光商工課の男性職員は説明した。
その上で、職員は「中国人経営者の増加に対し、市民から厳しい意見が寄せられているのもまた事実です。ただ、中国資本による買収は、あくまで企業間の取引の結果であり、笛吹市としてはタッチすることができません。観光商工課としては、いかに市内の宿泊者を増やすかが重要で、それは国籍問わず、来ないよりは来る方がいいと思っています。旅館やホテルの収入が増えれば、税収も増えますし、それが地域の活性化につながると我々は考えています」と語った。
「日本の不動産はバーゲンセール」
これが日本の地方リゾート、温泉街の現実だろう。地方にも確実に及んでいる中国からの波。だが、男性職員は最後に少し寂しそうにも語った。2023年、同市役所に訪れた中国人経営者が放った言葉が今でも忘れられずにいるという。
「中国人からすると、日本の不動産はどこもバーゲンセールのようなものですね」
バーゲンセール――。おそらく、本当にそうなのだろう。取材班は、中国資本による地方リゾート、温泉施設などの買収が、現在どこまで進んでいるのか、各地の状況を徹底的に探ることにした。まず、都道府県などが所有する旅館業法の許可施設一覧を、情報公開請求で入手。施設一覧には、施設名や住所、許可年月日に加え、施設を所有する個人名や法人の代表者名も記載されている。この名前を基に中国資本とみられる施設を抽出した。
だが、これらの名前だけでは所有者が本当に中国人かどうかは分からない。そこで運営会社の土地、建物を登記簿謄本で調べた。謄本には、運営会社の代表者や土地、建物の所有者の住所が記されている。その住所が中国であれば、中国資本であると判断できるわけだ。取材班が今回、取得した登記簿謄本は計300件以上に上った。さらに取材で確認した買収事案も含めて集計した。時期は、買収が特に増えた2010年以降のケースを原則、調査対象とした。その調査結果が、下記の図表2である。
少なくとも中国資本による主な買収は、全国39自治体の67施設に及ぶことが分かった。箱根や伊豆など人気観光地の施設がずらりと並んだ。それだけではなく、新潟県阿賀町[あがまち]や石川県白山[はくさん]市、鳥取県三朝町[みささちょう]などの、知る人ぞ知る地方の観光地も目立った。
[図表2]全国のリゾート・温泉地を中国資本が次々と買収(判明分で39自治体67施設) 出所:日経が取材を基に作成。2025年3月時点
