
数々の選択の積み重ねの中で形作られてきた、彼女なりの現実的な価値観が、本人の言葉を通して、その輪郭がひとつずつ明らかになっていった。
◆風俗嬢でもセクシー女優でもない“特別枠”

天宮みすず(以下、天宮):現在は「道玄坂69」というアイドルグループに所属しているのと、ファン支援型のサブスクサイトにエッチな動画や写真をアップしています。その他にもコンカフェやソフト・オン・デマンドが経営する飲食店にも出勤しています。
――「道玄坂69」は当初、ロンドンブーツ1号2号の田村淳さんが関わっていましたよね。
天宮:田村淳さんが関わっていた時期はテレビ番組の企画でやっていたので、そのテレビ番組が終わった時点でいったん解散したんです。その後に残ったメンバーの中には、まだ続けたい気持ちがあったので、新しいプロデューサーに変わったんです。現在、田村淳さんは全く関わっていないんですよ。
――最初は現役風俗嬢から生まれた「明日抱けるアイドル」をコンセプトにした女性アイドルグループでしたよね。天宮さんは風俗嬢でもセクシー女優でもないのに加入できたんですか?
天宮:“特別枠”なんです(笑)。加入したのは2年前なんですけど、当時、歯科助手の仕事をしていたんですが、他にもエッチな活動をしていたことがバレて、エロすぎてクビになったんです。途方に暮れていたところ、私もアイドルがすごく好きだったので、人生終える前に1回はアイドル活動を経験しとくかって感じで、まずは1日だけ体験入店したんです。
――ライブ活動なのに「体験入店」とは、ちゃんとコンセプトを守っていますね(笑)。
天宮:でも、地下アイドルはお金にならないイメージがあったので、アイドル活動を始めたとして、本当に生活ができるのかを考えてからやることに決めたんです。2か月ぐらい本気で考えたんですけど、動画配信サイトの収入が安定してるから、アイドルの収入がなくてもやっていけると思い、加入を決意したんです。
――「道玄坂69」のメンバーは風俗嬢ばかりですが、そこに加入することに抵抗はなかったですか?
天宮:私が加入する前にも、風俗嬢じゃない特別枠のメンバーがいたんです。私は現役の風俗嬢ではないんですけど、過去にオナクラで働いていたこともあり抵抗感はなかったです。
――ちなみに好きなアイドルグループは、どのグループなんですか?
天宮:小学生のときからハロー!プロジェクトが好きなんです。筆記用具も全部モーニング娘。でしたよ。ずっとアイドルと接していた人生だから、今は自分がアイドルになれて満足です。
◆語り尽くせないほど複雑な家庭環境
――その子ども時代はどんな環境でしたか?
天宮:結構複雑な家庭だったんです。話せば2時間ぐらいかかっちゃうんですけど、すごく複雑でしたね。父と母はいるんですけど、今は両方とも縁が切れているんです。小学1年生のときに実の母が胃がんで亡くなったんです。そのときに父は愛人を作っていたんですよ。
――壮絶ですね。
天宮:しかも、父は女子高生と不倫をしていたので、年中、愛人の家に行っていたんです。さらに八股をかけるような性にアグレッシブな父だったんです。その浮気の証拠も小学1年生の私が全部見つけて、子どもながらに「やっているなあ」って思いましたね。母が亡くなった後は、母方のおばあちゃんに中学2年生ぐらいまで育てられて、その後は母の妹夫婦に子どもがいなかったから、私が養子に入って、今はその2人の戸籍に入ってるんです。でも、その叔母夫婦2人とも馬が合わずに、縁が切れてるような感じなんです。もちろん実の父とは全く連絡を取っていないですね。だから、ずっと独りで自活しています。
――育ててくれた祖母とはどうなっているんですか?
天宮:祖母は、私が高校3年生のときに自殺しちゃったんですよ。
――自殺ですか?
天宮:70歳ぐらいのときに自殺したんです。私が祖母から離れて叔母夫婦と一緒に暮らすようになってから、孤独が増したらしくて、うつ病になって自殺したんです。
――きょうだいはいないんですか?
天宮:12歳離れた兄が存在するんですけど、全く連絡が取れないんです。
――血のつながりがあるのは父と兄だけですか。
天宮:「道玄坂69」のライブに父方の親戚の叔父さんが来てくれますね。
――かなりハードな人生ですね。学生時代はお小遣いや学費はどうしていたんですか?
天宮:中学生のときは祖母からちゃんとお小遣いをもらっていました。逆に高校のときは叔母夫婦に私から毎月7万ぐらい家賃みたいな感じで払っていました。コンビニなど様々なバイトをトリプルで掛け持ちしていたんです。
――明るい天宮さんからは想像もできない話です。
天宮:闇が深い人ほど、普段笑っていると思いますよ。
――当時から友人に自分の境遇は話していましたか?
天宮:小学生のときから仲良くしていた子が1人ぐらいいたので、その子は全部知ってたけど、全部語ると時間がかかるから、あまり話さなかったです。でも、当時彼氏はいたので、空いた時間はずっと彼氏と2人で過ごしていました。
――両親がいない寂しさはなかったですか?
天宮:特に寂しさはなかったかもしれないですね。亡くなった母が虐待する人だったんです。
――これまた複雑ですね。
天宮:だから、別に母と一緒にいる必要がなかったんです。祖母の方が優しかったから、母がガンで入院してるときも、祖母が私の面倒を見てくれたんです。
――その境遇がハンディキャップと思ったことはありますか?
天宮:大人になってからの方が、普通の家庭がどんなものか見えてくるから、当時はわからなかったんです。当時はこれが普通って感じで何も思っていなかったですよ。そこから大学まで進んだんですけど、半年で退学したんです。

