「いい介護」ってなんですか? 元自衛官の介護講師が考え続けた末に「答えが出ない」と語る理由

「いい介護」ってなんですか? 元自衛官の介護講師が考え続けた末に「答えが出ない」と語る理由

「いい介護」ってなんですか? 元自衛官の介護講師が考え続けた末に「答えが出ない」と語る理由

介護のケアの仕方には正解がないといわれ、マニュアルどおりの対応が必ずしも正しいとは限りません。そんな”答えのない介護”を、介護講師はどのように教えているのでしょうか。

藤井さんは、ジョブメドレースクールの介護職員初任者研修で、初回の講義を担当する介護講師です。講義の特徴は、教科書をなぞるだけではないディスカッション形式のグループワーク。介護未経験者に対して、正解を教えるのではなく、考え続けることの重要性を伝えています。

そんな藤井さんは、まずは「相手に興味を持つこと」がすべての起点だと語ります。自衛隊での経験、現場での失敗、そして利用者から学んだこと。藤井さんが語る「いい介護」について話を聞きました。

藤井寿和さんのプロフィール

自衛官から介護職へ。現場で受け取る「ありがとう」の違い

インタビュー風景1

──藤井さんは自衛隊に入隊されていたんですよね。なぜ介護職に転身されたのですか?

藤井さん:きっかけは2000年の三宅島噴火災害による災害派遣です。当時、私は隊長の付き人として、指揮官のそばで関わることになりました。そこで初めて、高齢者や障がいのある人の存在を意識したんです。

自衛隊では、自力で歩ける人を誘導・救助する訓練はしていましたが、車いす利用者や高齢者の誘導・救助方法は学びませんでした。災害派遣という最悪の現場で、自分たちの訓練だけでは対応できない人たちがいると知り、もっと勉強しなければと思いました。

そんなとき、自衛隊の仕事としてホームヘルパー2級(現・介護職員初任者研修)を取得できる機会があり、受講を志願したんです。

自衛隊時代の写真

──そのときから、介護職になることを決めていたのですか?

いえ。そのときはまだ関心がある程度でした。隊長の付き人は今後の活躍が期待される若手が任されることが多く、私自身も自衛官として活躍したいという気持ちがあったので、除隊して介護職になろうとは思いませんでした。

──自衛隊で取得するホームヘルパー2級は、通常の研修内容と違いがあるのでしょうか?

民間の研修に参加します。ただ、受講者約30名のうち半分以上が自衛官だったので、民間の方から見れば少し特殊な光景だったかもしれませんね。

──受講者の顔ぶれが特殊だったんですね。カリキュラムも現在の初任者研修と同じですか?

いえ。当時のホームヘルパー2級には実習の科目があり、研修中に介護現場に出る機会がありました。そこで入浴介助をした際、指導役の介護職員が突然席を外してしまい、すごく不安で怖かったことを覚えています。

「命を預かる仕事なのに、研修生一人に任せてしまって良いのか?」と介護現場のあり方に疑問を抱き、もっと深く学びたいと考え、自費でホームヘルパー1級の受講も決めました。

──実習での経験がさらに深く学ぶきっかけになったんですね。

そうですね。ただ、正直に言うと、一般の参加者や施設の職員、講師との交流を通じて、外の世界に興味を持ったことも大きかったと思います。

自衛官は国から雇われている人間ですので、決められた規律の中で生活しています。高校を卒業してからその生活を続けていたので、外の世界で生きる人の生活や仕事が新鮮に映ったんです。

それに、私が所属していたのは「任期制」といって、2年ごとに契約を更新する制度でした。ちょうど6年目の更新を迎えるタイミングだったこともあり、更新はせずに自衛隊を辞めることにしました。

──将来を期待されていたなかで辞めることに、迷いはありませんでしたか?

かなり悩みました。決断の決め手になったのは「ありがとう」の違いです。自衛隊も介護も、社会に必要とされる大切な仕事です。しかし、自衛隊が必要とされるときは、世の中にとってよくないことが起きたときなんです。

9.11のテロが起きたとき、実は日本でも自衛隊は厳戒態勢を敷いていました。私も防弾チョッキを着用し、銃弾を用意して、駐屯地で数日間待機していました。日本人である我々が人を撃つかもしれないし、撃たれるかもしれない。そんな緊張状態を今でも覚えています。

そういった経験もあり、最悪の状況で受け取る「ありがとう」よりも、生活のなかにある「ありがとう」のほうが心地よく感じ、24歳で任期満了を機に退職しました

利用者は「守るべき対象」ではなく「人生の先輩」だった

介護職員時代の写真

──自衛隊から介護現場に出て、ギャップに戸惑いませんでしたか?

元自衛官で若くて体力もあったので、現場でチヤホヤされたことに最初は戸惑いましたね。ただ、次第にその環境に甘えるようになり、少し天狗になっていた時期があります。

多くの職員から「自衛隊にいたなら、銃を撃ったことはあるの?」と聞かれ、訓練の経験談を得意げに話していたんです。すると、その話を聞いていた90代の男性利用者さんから「ちょっとこっちに来い」と呼ばれ、真剣な表情で「君は人を撃ったことがあるのか? 銃を撃つってどういうことかわかるのか?」と、2時間ほど説教を受けました。

──もしかして、戦争を体験した方だったんですか?

そうなんです。自分や仲間、国のために銃を撃ち、自身も2発被弾して帰還したそうです。銃弾一発の重みや命の意味を本当に理解、経験していました。

僕は訓練で的を撃ったことはあっても、人に銃口を向けたことも、向けられたこともありません。その経験の浅さを、言葉や態度から見透かされていたのだと思います。

得意げにしていた自分がとても恥ずかしく思えましたし、あそこで諭していただけなければ、勘違いしたままの人生になっていたと思います。

──そこから利用者さんへの見方が変わったんですね。

それまでは利用者さんを「守るべき対象」だと思っていました。でもその日から、自分よりはるかに多くの経験を持つ人生の先輩であり、戦争、貧困、高度成長など、時代を生き抜いてきた「生きる図書館」なんだと気づかされたんです。

──生きる図書館?

僕たちがケアを提供している時間は、人生の先輩から何かを学ばせてもらっている時間でもあるんです。

先ほどの戦争経験者の方は、僕に命の大切さや戦争の意味を教えてくれました。そういった知識や経験を持っている人は今ではすごく少ない。本来なら講演会などでしか聞けない内容を、介護の現場では教えてもらえるんです。

利用者さんの経験や知識に触れることで自分の人間性を高め、生きる知恵を得られる。それこそが、介護職の魅力だと考えるようになりました。

──そういった経験を話してもらうために、意識していることはありますか?

僕はあえて回り道することも大切かなと考えています。真正面から「何か話してください」と言っても、話しにくいでしょうし。

例えば、音楽の話をするときに、「どんな曲が好きですか?」ではなく、「当時は何が流行っていたんですか?」と聞いてみるんです。個人の好みは答えにくくても、当時の「流行」なら事実として答えやすい。「僕の若いときはね……」と話し始めてくれたら、そこから話を広げていきます。

相手の背景を想像し、質問の角度を変えて話しやすい環境をつくること。それが介護職の腕の見せ所だと思います。

──忙しい現場で、そこまで考える余裕はあるのでしょうか?

コミュニケーションの第一歩は、興味を持つことです。赤いセーターを着ている人がいれば、なぜその服を選んだのか少し考えてみる。それだけでも、想像の幅は広がりますよ。

また、余裕がないときこそ「なぜ?」と考えることで、冷静さを取り戻せます。利用者さんから理不尽に怒られてイライラしたときも、「なんでこの人は今、怒っているんだろう?」と一歩引いた視点で考えてみる。そうすると、感情に巻き込まれず、冷静に対処できるようになりますよ。

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