賃貸の継続と、父との「絶縁」
検討の末、夫妻は住宅購入をやめて、賃貸住まいを続けるという結論を出しました。
「親のメンツのために家を建てるのではなく、将来息子に重荷を遺さないことこそが、自分たちの責任」と考えたからです。しかし、この決断を伝えた際、父の反応は凄まじいものでした。
父は「私の顔に泥を塗るのか」「孫になにも遺さないつもりか」と激昂し、コウイチさんの説明に一切耳を貸そうとしません。自分が人生をかけて成し遂げた「家を建てる」という価値観そのものの否定と映ったのでしょう。古い価値観を持つ父にとって、家を買わないことは「挫折」や「逃げ」でしかなかったのです。
結局、議論は平行線のまま終わり、それ以来、父との交流は途絶えました。孫に会わせることも難しくなり、事実上の絶縁状態となってしまいます。
親世代の「自負」と子世代の「合理性」の衝突
親世代にとっての住宅は、単なる不動産ではなく、近所や親戚に対するメンツという意味合いが強く含まれています。そのため、子が「2050年の人口予測」といった客観的なデータで論理的に反対しても、親は「自分たちの価値観を否定された」と感情的に受け取ってしまいがちです。
こうした場合は、データで説得するよりも、「いまの家賃負担の軽さが、いかに孫の教育費や自分たちの老後資金(親の介護費用含む)の安定に繋がっているか」という、親にとってもメリットのある具体的な資金計画として提示することが、摩擦を和らげる一助となるかもしれません。
「自分が住みたいから買わない」というとわがままに聞こえますが、「息子に将来、負の資産で苦労をかけたくない」という理由は、孫を思う祖父母にとっても無視できない論点です。「この街の35年後、息子が家を売れずに固定資産税だけを払い続ける姿をみたくない」と、共通の守るべき対象(孫)の未来を主語にし、そのうえで親の介護についても計画していることを伝えることで、感情的な対立を回避できる可能性があります。
親が家を勧める背景には、「老後が心配」「しっかり貯蓄できているのか」という、子への不信感や不安が隠れていることもあります。家を買わない代わりに、しっかりとした貯蓄額や資産運用の状況、将来の計画などを具体的に示すことで、「家は持たないが、将来の備えは万全である」という別の形での「一人前」を証明することも検討すべきでしょう。
