納税資金が不足しそうな場合、延納や「物納」も視野に入れて
5.「物納」や「延納」の検討
先述のように、まず、現金や生命保険、上場株式などを把握し、納税資金が十分に確保できているかを確認しましょう。もしも納税資金が不足する場合には、「物納」や「延納」の利用を検討する必要があります。
物納とは、相続財産のなかから一定の財産を金銭の代わりに納める制度です。国税は原則として金銭で納付することが求められますが、相続税に限り、延納でも金銭での納付が困難な場合に、納税者の申請によって適用されます。
特に、不動産のなかには物納が可能なものもあるため、事前に確認しておくと安心です。
なお、令和7年度の税制改正により、相続税の物納制度における物納許可限度額の計算方法が見直されました。従来は最長20年の延納期間で計算されていましたが、改正後は、納期限時点での申請者の平均余命を上限として計算されることになっています。
6.遺言・家族信託等の活用
遺言書を作成することで、相続時のトラブル(争族)を回避することが可能です。特に望ましいのは、生前に相続人に財産の分割内容を知らせておくこと。これにより、相続開始後のトラブルを未然に防ぐ効果が高まります。
また、被相続人が将来認知症になるリスクを考慮して、「家族信託」を活用し、資産の管理や財産の承継方法をあらかじめ定めておくことも有効です。家族信託をうまく活用することで、遺言書と同様の効果を得ることができます。
7.法人化・事業承継のスキームの活用
事業を持つ富裕層の場合、法人に資産を移転し、株式を承継することで、株式評価の引き下げや事業承継税制の活用が可能です。これにより、相続税や贈与税の負担を軽減しながら、事業の円滑な承継を図ることができます。
ただし、令和7年度税制改正大綱(9頁)では、下記のように事業承継税制について適用期限を延長しないことが明言されています。
「本措置は、中小企業の円滑な世代交代を通じた生産性向上という待ったなしの課題を解決するための極めて異例の時限措置であることを踏まえ、適用期限は今後ともに延長しない」「節税」の観点からみるマレーシア移住の魅力
8.資産を海外に移転させるスキーム・海外移住による相続税回避
資産の海外移転や海外移住なども、資産防衛策のひとつではありますが、リスクも少なくありません。
とはいえ、富裕層に限らず、日本の年金生活者が海外で暮らす場合、一番人気の高い国として知られているのがマレーシアです。ロングステイ財団が発表した「ロングステイ希望国・地域2023」でも、マレーシアは第1位に選ばれています。
季候がいい、物価が安い、住宅が広い、治安がいい、政治が安定している、社会インフラも整っている、災害が少ない……など、さまざまな点で評判が高いようです。
また、マレーシアには税制面でも特筆すべき点があります。同国には、日本のような相続税や贈与税、住民税が存在しません。
所得税は居住者に対して0%から30%の累進課税が適用されますが、日本よりも税率は低いです。これはマレーシアが資源大国であり、国家運営に必要な財源を資源収入から賄っているためだといわれています。
マレーシアに移住して、下記3つの要件を満たせば、相続税をゼロにするのも夢ではありません。
イ.日本の非居住者であること。
ロ.相続人・被相続人ともに10年以上海外に住んでいること。
ハ.相続財産が日本国内に存在しないこと。
ただし、マレーシアには「プロベート」と呼ばれる遺産分割の手続きがあり、相続人が財産を受け取るには裁判所の手続きを経る必要があります。プロベートが終了するまでには半年から1年程度かかり、時間と費用がかかる点には注意が必要です。
資産防衛においては、まずは早期に相続財産を把握し、それにかかる相続税額の概算を確認することが重要です。そのうえで、納税資金の有無(相続税が支払えるかどうか)を判断し、時間をかけて計画的に実行していくことが肝要です。
八ツ尾 順一
大阪学院大学法学部 教授
