◆反政府デモに巻き込まれ…パタヤと出合う

「タニヤに泊まっていたのですが、朝起きたら、ホテルの目の前にあるバンコク銀行で爆破テロが起こって……。昨日まで普通に歩いていた道が、一瞬で戦場みたいになったんです」
命の危険を間近に感じた堀田さんは、安全で落ち着ける場所に移ることを決めた。そして、バンコクから南へ約150キロ、海沿いの街パタヤへ向かった。これが、パタヤを知るきっかけとなった。
「パタヤはバンコクとは打って変わって、とても平和だったんです。いろいろな人がいるので他の人のことを気にすることもない。人も優しく、ノリが良く自分とウマが合う。ここにずっといたいなと思い、毎年のように通うようになったんです」
がんの手術後も、一時期は治療も考えた。しかし、抗がん剤療法を行うと食事もまともに取れなくなると周囲から聞き、それならば無理に治療を続けるよりも、あえて治療は受けず、パタヤで療養する道を選んだ。
「友達や親戚で病気になって入院しても、3か月も経たないうちに亡くなる人が多かった。それなら、病院で治療するより、パタヤで好きな酒を飲みながら穏やかに過ごしたいと考えたんです。医者からは『それがあなたのポリシーなんですね』と言われましたね(笑)」
◆日本と行き来しながらパタヤで療養生活を送る

「日光に当たるとビタミンDが生成されて自然治癒力が上がるので、冬は特にパタヤにいるのがいいんですよね。本当は完全に移住したいんですが、保険が効かなくなってしまうので、何かあったときに何百万円もかかってしまう。今は薬も飲まずに、できるだけ自分の体の力で過ごしています。日本で病院に行くときはがんの進行具合を検査する程度ですね」
パタヤではシンプルで規則的な生活を送っている。
「朝はゆっくり起きて、10時ごろにブランチをとります。歩いて片道15分ほどの食堂で食べる40バーツのジョーク(おかゆ)がお気に入り。YouTubeでがん患者が食べないほうがいいものも調べたりして、自分なりに体調管理をしています。タイは新鮮なフルーツや野菜が安く買えるし、日本に比べると食事もシンプルに感じます」
また、筋肉を保つために移動はなるべく歩くようにしているという。
「無理をせず、でも体は動かす。そんな毎日ですね。ビーチまで散歩をしたり街を歩いたりして体を動かすようにしています。夜は繁華街まで1時間かけて歩いて、飲みにいくのも楽しみのひとつ。バービアで友達と、ビリヤードやダーツを楽しむこともありますね」
そんな生活を送る堀田さんに、いま思うことを聞いてみた。
「がんは完治するものではないので、延命できればいいなと思っています。正直、がんそのものよりも、治療の影響や抗がん剤、放射線の副作用で感染症や臓器障害が起きるほうが心配です。でも、実際にパタヤで療養を始めてから2年が経ち、今でもこうして元気に毎日外に出て飲みに行けるので、自分としてはこれでよかったんじゃないかと。このままパタヤで好きなことをしながら穏やかに過ごせれば、十分だと思いますね」
<取材・文/カワノアユミ>
【カワノアユミ】
東京都出身。20代を歌舞伎町で過ごす、元キャバ嬢ライター。現在はタイと日本を往復し、夜の街やタイに住む人を取材する海外短期滞在ライターとしても活動中。アジアの日本人キャバクラに潜入就職した著書『底辺キャバ嬢、アジアでナンバー1になる』(イーストプレス)が発売中。X(旧Twitter):@ayumikawano

