観光目的で海外渡航した日本人女性が「売春や不法就労の疑い」を理由に入国拒否や強制送還に至るケースが増えている。
背景には、観光ビザで渡航し、現地で売春する“出稼ぎ風俗嬢”の存在があるとみられる。こうした動きは、個人の違法行為として片付けられがちだ。しかし問題は、それだけではない。
なぜ彼女たちは、危険や摘発のリスクを承知のうえで海外に向かうのか。出稼ぎという選択の裏には、個人の意思だけでは説明しきれない事情や、社会的な要因がある。
※ この記事は、フリーランス記者・松岡かすみ氏による『ルポ 出稼ぎ日本人風俗嬢』(朝日新書)より一部抜粋・再構成しています。
「何が風俗嬢を海外出稼ぎに向かわせるのか」
2023年9月、観光のためにハワイに渡航するも、現地の空港で入国を拒否され、強制帰国させられた30代日本人女性の報道が注目を集めた。
海外出稼ぎの実態はつかみきれないが、不法就労の出稼ぎの動きが絡んでいることは紛れもない事実だろう。実際、専門家の元には「本当に観光目的なのに、なぜか疑われて入国拒否された」という日本人女性からの相談が増加している。
「バレなければ大丈夫」と海外に渡り、不法に働く例が相次いでいることを当局が察知している証とも言える。
ある人にとっては、一時的に、リスク以上に高いリターンが得られるのかもしれない。だが一方で、その他大勢の人にとってマイナスな影響を及ぼしていることを忘れてはならない。
仮に今後、出稼ぎに行く人がさらに増えると、日本人の入国が一段と制限されかねないし、「異文化を知りたい」「海外で学びたい」という若者のチャンスをも狭めかねない。
入国拒否を受けた女性からの相談が相次いでいる行政書士の佐藤智代さんは、「相談を受けるようになって初めて、出稼ぎビジネスがこれほど巨大なマーケットだったと知った」と口にする。
佐藤さんの元には、エージェントやスカウトなどを介して出稼ぎに行こうとし、強制帰国させられた女性たちからの相談もある。
特筆すべきは、相談はほぼ全て“女性から”だということだ。仲介に入るエージェントやスカウトなど、報酬を支払う側の大半が男性とみられるが、矢面に立たされ、もっともリスクを背負わされるのは、渡航する女性たちであることが、痛いほどに伝わってくるという。
「相談に来る女性たちは、穏やかで物腰柔らかなタイプが多く、落ち着いてコミュニケーションが取れる若い女性が大半という印象です。正直なところ、“こんな方がなぜ売春目的で”と思ってしまう人がほとんど。今の状態は、女性だけが裁かれている印象で、非常に理不尽だと感じます。
もちろん売春目的で入国しようとする女性側にも、十分に落ち度はありますが、自分は決して表に出ず、リスクは女性に背負わせ、隠れ蓑の中で女性たちを動かして暴利を貪っている仲介業者が、より悪質だという思いも拭えません」(佐藤さん)
海外出稼ぎで違法行為をする女性たちを批判するのは簡単だ。事実、「自分さえ良ければいい」と海を渡る行為は、いろんな意味での危険を孕んでいるし、批判を受けても仕方がない行為とも言える。
しかし大切なのは、「一体何がそうさせているのか」という本質を考えることではないだろうか。
「彼女たちは、ただただ生き延びるのに必死なだけ」
女性たちが「もっと稼ぎたい」と話す背景は、格差や差別が広がる社会の実態もあれば、生きづらさを抱えた人が働きづらい、平等に自己実現したいのに、一度ルートを踏み外すとそれが叶いづらい、人並みの生活が送りたいのにそれが難しいといった、社会の歪みの表れのようにも見える。
実際、「軽蔑されると思うけど、私にとっては、生きるためにお金を得る手段なんです」と口にした女性もいた。
筆者が取材した女性たちの何人かは、一風俗嬢としての視点を超えて、国内外の業界の動きを冷静に俯瞰して捉えており、性風俗以外の仕事でも十分に稼げる能力がありそうに見えたのは、取材してみての実感だ。
安定した仕事とは言えないことも起因してだと思うが、経済や社会の状況にも人一倍敏感で、ブランディングやマーケティング力、リサーチ力、交渉力、行動力もあり、経営者視点も持ち合わせている。同世代の中でも、かなりいろんなことを敏感に察知し、考えているほうではないだろうか。
ただ、今性風俗の出稼ぎでかなり稼げていたとしても、それは危険と隣り合わせの違法行為で、いつ摘発されたとしてもおかしくない。にもかかわらず、彼女たちにはそれぞれの事情があって、出稼ぎに至っている。
もし国内で十分に能力が発揮できる環境があったり、それなりに収入を得られていたり、大切な誰かがいたりなど、つなぎとめる何かがあれば、出稼ぎに行き着くことはなかったかもしれない。
何より彼女たちは本来、違法な出稼ぎ以外の選択肢でも、十分に稼げる可能性がある。今後、彼女たちが別の選択肢にも目を向ける機会があることを望むばかりだ。
性風俗業で働く人々を支援する当事者団体「SWASH」メンバーの要友紀子さんは、こう話す。
「彼女たちは、ただただ生き延びるのに必死なだけ。不平等な社会で、再分配に平等にありつきたい。出稼ぎは、それを求める行為の一つではないでしょうか」
だとしたら、ただ出稼ぎの善悪をジャッジするだけでなく、もっと考えるべきことがあるのではないだろうか。
困難を抱える人のセーフティネットとして機能している実態も
「他の仕事より稼げそうだし」と、何となく性風俗の仕事に行き着く。あるいは何か事情があって、やむを得ず性風俗の仕事をする。または、「他にまともに稼げる手段がないから」と選択するに至る。
それぞれの経緯があって、性風俗の仕事に行き着くと、誰もが稼げるわけではないが、一般的な仕事と比べると高い収入を得やすい。たとえ昼職に戻っても給与が低く、生活していくのが難しいなどの理由から、「もう昼職には戻れない」という人も少なくない。
そして性風俗の仕事は、困難を抱える人のセーフティネットとして機能している実態もある。
ただでさえ長く不況が続き、働いてもなかなか賃金が上がらないなかで、物価高がさらなる追い討ちをかけている。生活の苦しさから、性風俗の世界に足を踏み入れる人も多い。
だが、甘い世界ではない。若さが重視され、経験があっても稼げなくなったら使い捨てにされやすい世界だ。
「もっと稼ぎたい」と考え頑張ったとしても、それがなかなか叶わない今の日本で、思うように稼げないという壁に突き当たり、何かのきっかけで海外に目を向ける。
不法就労は違法かつ危険な橋だが、出稼ぎの仕事を経験することで初めて見える、日本の風俗業界特有の問題もあるようだ。出稼ぎを通じて初めて、「性風俗後」の人生を思い描けた人もいる。
長引く不況に生活苦、働きづらさ、生きづらさ、満たされない思い、家族との確執、承認欲求、先の展望が描けないこと――出稼ぎに至る背景には、さまざまな問題が絡み合っている。
その一つ一つは、決して特殊なものではなく、誰もが多少なりとも肌身で感じたことがある問題ではないだろうか。その意味で、出稼ぎの動きには“個人的な動機”を超えた、もっと社会的な背景が見え隠れしている気がしてならない。

