◆「コスパ重視」が生んだ学歴社会の歪さ
さて、ここまで「東京はコスパが悪い!東大よりも地方生まれは地元の国立大から地元企業に就職すべき!」と繰り返してきたわけですが、おそらく反論の声のほうが多いでしょう。旧帝大卒業生が東京で就職するケース、東大卒が地方で就職するケースは検討されていませんし、そもそも「大学と就職」を一緒くたにして考えるセンスのなさ。
人生を歩むうえで「コスパ」ばかり気にしている人間の浅はかさ。
「東京はコスパが悪いから~」と繰り返すばかりで、「なぜ東京一極集中が起きるか」を考えない短絡さ。
すべておっしゃる通りです。しかしこれは、学歴社会の歪さになされるべき指摘と同様なのです。
確かに、明日の暮らしもおぼつかない小市民として、学歴のもたらす収入増の効果は無視できません。
それでも私は、「金やコスパなんかで大学選びをするほど生活が困窮していないなら、行きたい大学に行くべき」と唱えたい。
◆加熱する受験戦争に意味はあるのか
私自身、お金がないから地元の国立しか行けず、その中で一番ネームバリューがあった東京大学を選んだわけですが、別に東京大学の中身に用があったわけではありませんでした。妥協というと失礼ですが、私の生家に十分な金があったなら、東大なんてやたら受験科目が多くてハードルも高い面倒な大学をわざわざ受験しません。
もちろん東大のおかげで「世帯年収300万円台家庭から東大に逆転合格」をコピーとした『東大式節約勉強法』など多数の書籍を執筆するきっかけをいただけたわけですが、それは結果論にすぎず、なんなら本当は音楽大学に進学したかった。
今だからわかりますが、受験でひいこらいって社会階層を上げるなんて、貧乏人のすることです。
金銭的にも精神的にも、満たされていないから、そうするしかないんです。
確かに、教育によっていい大学に行けば、医学部に入れば、恵まれた暮らしが手に入るのかもしれません。
ですが、私たちはパンだけで、パンのために生きるわけではなく、むしろパン以外の精神的な充足こそ目的になるべきでしょう。
学歴社会は、人に努力を教えたかもしれません。ただ、教育や学問研究と不可分なほどに金を絡ませてしまった。金がなければ生きられないが、金は本質ではない。
私は貧乏人には「頑張って受験しなさい」と勧めますが、それは生きるために受験しかないからです。
ですが、実際には親のすねをかじって生きていけるような人々ばかりが、「努力」によって受験戦争で勝ち抜いている。果たして、教育は、学問は、誰のために在るべきなのでしょうか。
<文/布施川天馬>
―[貧困東大生・布施川天馬]―
【布施川天馬】
1997年生まれ。世帯年収300万円台の家庭に生まれながらも、効率的な勉強法を自ら編み出し、東大合格を果たす。著書に最小限のコストで最大の成果を出すためのノウハウを体系化した著書『東大式節約勉強法』、膨大な範囲と量の受験勉強をする中で気がついた「コスパを極限まで高める時間の使い方」を解説した『東大式時間術』がある。株式会社カルペ・ディエムにて、講師として、お金と時間をかけない「省エネ」スタイルの勉強法を学生たちに伝えている。MENSA会員。(Xアカウント:@Temma_Fusegawa)

