単なる経営者交代ではない――事業承継の本当の目的と「企業価値」を高める戦略【公認会計士が解説】

単なる経営者交代ではない――事業承継の本当の目的と「企業価値」を高める戦略【公認会計士が解説】

後継者育成を支える“見えざる資産”

経営資源には、人的資源、物的資源、資金的資源、情報的資源があります。なかでも人的資源は、価値観や感情を持つ存在であり、単なる管理対象ではなく、戦略的なマネジメントが不可欠です。

また、市場で容易に調達できる資源と、そうでない資源があります。後者は企業固有の強みとなり、持続的な競争優位を生み出します。

特にファミリービジネスでは、伝統、文化、ブランド、暗黙知といった「見えざる資産」が事業価値の中核を成すケースが少なくありません。これらは事業承継を通じて蓄積され、長期的な競争力の源泉となります。

「権限の委譲」と「後継者育成」は車の両輪

事業承継とは、経営者が責任と権限を後継者に移譲していくプロセスです。この過程では、「権限の委譲」と「後継者育成」が不可欠となります。

創業経営者は強い情熱と成功体験を持つ一方、承継を先送りしがちな傾向があります。これに対し、2代目以降の経営者は客観性を持つ反面、既存資源への依存や、当事者意識の希薄化という課題に直面することがあります。

後継者育成においては、社外経験の積み重ねが重要です。他社での実務経験は、多様な視点を養い、自社を客観的に見る力を育てます。また、従業員との信頼関係構築にも大きく寄与します。

ステークホルダーとの関係構築が承継を支える

事業承継では、後継者が周囲から「次の経営者」として認知されることが重要です。従業員、取引先、金融機関、株主、地域社会など、さまざまなステークホルダーとの関係構築は、事業の安定と成長に直結します。

さらに、承継期はイノベーションの好機でもあります。後継者は、先代の築いた事業基盤を尊重しつつ、新しい発想やビジネスモデルを取り入れ、現代の経営環境に適応させていく役割を担います。

企業価値を判断する「3つ」のアプローチ

企業価値や事業価値の評価は、将来にわたって創出されるキャッシュフローを測定する行為です。企業価値から有利子負債を差し引いたものが株主価値と定義されます。

プライベートバンキング業務においては、財務数値だけでなく、経営者の資質やビジネスモデルの持続性といった定性的要素も重視されます。とくに中小企業では、イノベーションや知的財産を活用した事業構造の評価が重要になります。

企業価値評価には、主に次の3つのアプローチがあります。

1.マーケットアプローチ

類似企業の市場データを基に評価する方法で、EV/EBITDA倍率や営業利益倍率などが用いられます。非事業資産、有利子負債、非流動性ディスカウント、支配権プレミアムなどを加味します。

2.インカムアプローチ

将来のフリーキャッシュフローを現在価値に割り引く方法で、代表例がDCF法です。割引率にはWACCが用いられます。

3.コストアプローチ

資産の再調達コストをもとに評価する方法で、資産価値が事業の中心となる企業に適しています。

事業承継は、経営者交代の「手続き」ではなく、企業価値を次世代につなぎ、進化させるための戦略的プロジェクトです。後継者に求められるのは、過去を守る力と、未来を創る力。その両立こそが、事業承継の成否を分けるのです。

岸田 康雄
公認会計士/税理士/行政書士/宅地建物取引士/中小企業診断士/1級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)

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