角川氏は記者会見で「検察特捜は大物が必要だった。令和の袴田巌さんにするなという声が裁判官に届かなかった。上訴して、真実が明らかになるよう闘っていく」と表明。弘中惇一郎弁護団長は「大変残念で、到底受け入れることはできない。無罪を確信していたので、控訴の準備をしていなかったが、明日(23日)、控訴する」と表明。角川氏は23日、地裁判決を不服として控訴した。

◆「五輪汚職の中枢」とされた贈賄構図
起訴状によると、角川氏は、部下の元専務と元五輪担当室長の2人=いずれも贈賄罪で有罪確定=と共謀。元電通専務の組織委元理事、高橋治之被告(81)=受託収賄罪で公判中=にスポンサー選定での後押しを依頼し、その見返りとして2019年9月~21年1月の間に9回にわたり、元理事の知人が代表のコンサル会社に送金したとされる。これまでの公判で、弁護団(弘中惇一郎弁護団長)側は「スポンサー就任に向けた社内検討は元専務を中心に始まった。元会長に贈賄につながる報告をしたという元専務などの証言は、具体性に欠ける不自然な内容で信用性はない」と無罪を主張していた。角川氏は、昨年9月の公判(結審)で「会長になって以降、会社の経営に直接関わっていない。(部下から)報告を受ける立場になかった。起訴事実は、全く身に覚えのないことで、無実であり無罪だ」と最終の意見陳述をしていた。
五つの贈賄ルートに及んだ五輪汚職事件では、贈賄側と収賄側であわせて15人が起訴され、これまでに角川氏の元部下2人を含む12人の有罪判決が確定している。
角川氏は22年9月に逮捕され、23年4月に保釈された。否認したことで勾留(身体拘束)が長期化し、身体的・精神的苦痛を受けたとして、国に2億2千万円の賠償を求めて24年6月、「無罪主張をする人ほど保釈されにくくなることで、冤罪の温床を作り出している。これは、日本の憲法にも、国際人権条約にも違反している」として、東京地裁民事第6部(大津多香裁判長)に人質司法違憲・国賠訴訟を起こし、これまで5回口頭弁論が開かれている。刑事被告人が公判中に捜査や勾留中の違法性を巡って国賠訴訟を起こすのは極めて異例だ。国賠訴訟の訴訟代理人(主任)は、袴田事件で再審開始を最初に認めた元静岡地裁裁判長の村山浩昭弁護士だ。国賠裁判については後述する。
◆「令和の袴田にするな」怒りの会見
角川氏と弁護団は判決後、都内で記者会見した。喜田村洋一弁護士が司会した。ニコニコニュースが動画を掲載している。角川氏は「検察特捜は大物が必要だった。令和の袴田巌さんにするなという声が裁判官に届かなかった。上訴して、真実が明らかになるよう闘っていく」と表明し、捜査をこう振り返った。
「4回目の任意の取り調べが高級ホテルのツインルームであった。1時間という約束だった。ところが検事3人がいきなり手錠、腰縄を掛けて、ホテルの厨房を抜けて、車で東京拘置所に連れて行かれた。ホテルで手錠を掛けられ、身体拘束するのは、被疑者にもっとひどい目に遭うぞという警告だと思った。納得できないことで、拘禁されて学習し、日本国憲法と国際人権法に反していると確信した。私は誰かを傷つけたりしたことをしたという容疑ではない。どうしてこういうホテルでの身柄拘束から始めたのかから始まった私なりの人質司法論だ。
私の226日の勾留は、袴田事件の袴田巌さんや、大川原化工機事件で治療を受けられずにがんで亡くなった相嶋静夫さんらの苦しみに比べると、序の口なかもしれない。日本には多数の冤罪難民がいるのに、社会は放置している。逮捕後に差し入れなどで寄り添ってくださった方々に感謝する。拘置所で厳しい寒さに耐えていたことを思い出しながら、裁判長の判決を聞きながら、今日の判決を一つの糧として、学び直し、高裁で闘っていくと決意した。今後もご支援をお願いする」

