
よかれと思って選んだ在宅介護が人生を崩壊させた――そんな残酷な現実に直面した渡辺さん(仮名・60歳)。高年収だった姉弟が介護のためにキャリアを失い、さらには父の認知症によって「資産凍結」の危機が迫るなど、優しさだけでは解決できない経済的損失の連鎖。本記事では、介護は「愛」ではなく「資金計画」で捉えるべきだという、その重要性が浮き彫りになった事例を紹介します。
「愛」という名の無謀な投資で家族は壊れた
「『お母さんが大好きだから、最期まで家で看てあげたい』。そんな私の浅はかな善意が、家族全員の人生を崩壊させました」
渡辺明美さん(仮名・60歳)は、54歳から始まった母親の在宅介護を、激しい後悔と共に振り返ります。
当時、明美さんは82歳の父、51歳の独身の弟と共に、実家で母を支えていました。母の介護状態は認知症を伴う「要介護5」で、夜通し大声を出したり排泄の失敗を繰り返したりと、一刻も目が離せない凄絶なものでした。
明美さんは大手企業の課長職として年収950万円を、弟もエンジニアとして年収800万円を稼いでいました。そこに父の厚生年金と約4,000万円の貯蓄。盤石な体制に見えますが、現実はこの資産を猛スピードで侵食していきました。
「家族で力を合わせれば乗り越えられる」と信じて結成された介護チームの内実はあまりに過酷なものでした。
まず、深夜の呼び出しと介護休暇の連用で心身を病んだ弟が、キャリアを捨てて退職。一家は年間800万円のキャッシュフローを喪失しました。また、明美さんも睡眠不足による度重なるミスで昇進の道を閉ざされ、将来の年金受給額を左右する報酬月額を下げる結果に。
「あんたたちは自分の生活ばかり優先して、私を捨てる気なの!?」
母にそう責められるたびに「もっと頑張らなければ……」と自分たちを追い込んだ結果、家族は共倒れになったのです。明美さんは極度のストレスから突発性難聴になり、キャリアを失った弟はうつ病を発症。
ついには、限界まで踏ん張っていた父も、三度目の転倒で搬送される事態に。病院のベッドで、父は震える声で明美さんにこう訴えました。
「もう、これ以上は無理だ。このままでは、お母さんと一緒に共倒れになってしまう……」
在宅で粘ったツケ…月30万円という冷徹な数字
父の悲痛な叫びを機に、6年に及んだ在宅介護は幕を閉じました。
ようやく母を老人ホームへ送る決断をした明美さん一家でしたが、そこで目にしたのは、在宅時代以上に冷徹な「お金の現実」でした。
要介護5の母が安心して過ごせる施設は、月額約30万円。母自身の年金だけでは到底足りず、88歳になった父が守り抜いてきた4,000万円の老後資金から、毎月20万円以上を補填し続けることになったのです。
母が施設に入って数ヵ月後、父に頼まれて通帳を記帳した明美さんは、印字された数字に凍りつきました。わずかな期間で、数百万円単位の貯金が削り取られるように消えていたからです。
「私たちの健康もキャリアも、すべてを犠牲にして必死に6年間頑張ってきた。でも、結局残ったのは、ボロボロになった家族の姿と、いずれ底をつく貯金だけ……」
「もっと早く施設に預ける決断ができていれば、弟が有望なキャリアを捨てることも、自身が難聴になることも、父が倒れることもなかった」明美さんは、自分たちが“家での介護”にこだわった数年間がいかに無駄だったかを痛感しています。
「介護は『愛』だけで解決しようとしてはいけない。残酷なまでの『資金計画』が必要だったのだと、そのとき初めて思い知らされました。善意で無理を重ねた結果、家族全員の資産と未来を食いつぶすことになったのです」
