「もう、1円も余裕がないの!」〈年収950万円〉60歳女性の人生を崩壊させた母の在宅介護。共に支えた父まで倒れて直面する“口座凍結”の恐怖

「もう、1円も余裕がないの!」〈年収950万円〉60歳女性の人生を崩壊させた母の在宅介護。共に支えた父まで倒れて直面する“口座凍結”の恐怖

「もう、お金は出さない」連鎖する介護の影

母親の施設入居でようやく一息つけるかと思った矢先、さらなる試練が明美さんを襲いました。6年間にわたる壮絶な老老介護で心身を削りきった88歳の父に、急激な認知症の症状が出始めたのです。

明美さんは、父の物忘れが激しくなるたびに、必死にこう訴えました。

「お父さん、お願いだから一度病院に行って。今のうちに診察を受けて、書類を揃えておかないと、お父さんの口座からお母さんの施設代が出せなくなっちゃうのよ! 私たちにはもう、1円も余裕がないの!」

明美さんが焦るのには理由がありました。父の意思がはっきりしているうちに診断を受け、家族信託や代理人の手続きを済ませなければ、父の口座は「凍結」されます。そうなれば、残された3,000万円以上の資産はロックされ、母の入居費を払う術が完全になくなってしまうのです。

しかし、かつて一家の大黒柱として厳格だった父は、自分の衰えを認められません。

「俺を認知症扱いするのか! 病院なんて絶対に行かん! 勝手なことをいうな!」

怒鳴り散らして受診を拒む父。協力が得られないまま、資産凍結のタイムリミットだけが刻一刻と迫っています。

そしてその隣には、57歳になった今も再就職の道が閉ざされ、うつ病に苦しむ弟の姿。60歳になった明美さんの肩には、母の施設代、父の介護、そして弟の生活までが重くのしかかります。

「在宅で無理をした6年間が、人生で一番のロスでした。あのとき、もっと早く“お金で解決する勇気”を持ち、父が健康なうちに資産を守る対策をしておけば、こんな絶望的な状況にはならなかった。善意は、ときとして残酷な結末を招くのだと、身を持って知りました」

在宅介護が抱える深刻な課題

明美さんの事例は、決して特殊な悲劇ではありません。現在の日本において、在宅介護が抱える構造的なリスクは、公的なデータからも浮かび上がっています。

厚生労働省の「2022(令和4)年 国民生活基礎調査」によれば、同居する家族が主な介護者となっている世帯のうち、介護時間が「ほとんど終日」である割合は全体平均で19.0%にのぼります。特に、身体介助の負担が重くなる「要介護3」の世帯では31.9%、つまり約3世帯に1世帯が24時間休まる暇のない過酷な状況にあることが、国の統計からも裏付けられています。

明美さんの事例のように、限界まで在宅介護を続けた結果、介護者側が病気を発症することは、単なる疲労を超えた「世帯全体の労働力と資産の喪失」に直結する深刻な課題といえます。

また、金融庁の金融審議会(2024年)による提言などによると、認知症高齢者が保有する金融資産は増加を続けており、本人の意思確認ができなくなることによる「資産凍結」のリスクを回避するための、金融機関への「代理人指名」や「家族信託」の活用が急務であるという実態があります。

父のように受診を拒否し、「要介護認定」の手続きを怠ることは危険です。いざ介護費用が必要になった際に親の預金が引き出せず、結果として子供世代が自分たちの老後資金を切り崩して立替を余儀なくされる「共倒れ」のリスクを最大化させている点は、多死社会における致命的な課題といえるでしょう。
 

[参考資料]

厚生労働省「2022(令和4)年 国民生活基礎調査」

金融庁「金融審議会 資産運用に関するタスクフォース報告書(2024年)」

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