キャリア・資格なき再就職で待ち受ける残酷な日々
由美子さんを待っていたのは、資格もキャリアもない50代後半の女性に対する、社会の冷徹な現実でした。
「若いころに事務の経験はありましたが、30年のブランクの前ではなんの意味もありませんでした。結局、私に務まるのは、清掃パートや深夜に近い時間帯のスーパーの品出しだけでした」
現在は二つの仕事を掛け持ちし、朝から晩まで立ち仕事に追われています。月のパート代は合わせて12万円ほど。遺族年金と合わせれば、月に23万円ほどの収入になります。
「どれだけ必死に働いても、通帳の数字はほとんど増えません。主人が遺したわずかな貯金を、生活費の補填として毎月少しずつ削り取っていく。いつかその数字がゼロになったとき、私はどうなっているのか。それがなにより恐ろしいんです」
急な病気やケガで仕事を休めば、その瞬間に生活は破綻します。それでも、由美子さんには立ち止まる自由はありません。
「いつまでこの体が動くのか。夜、一人で静まり返った部屋にいると、いつかこの家さえ手放さなければならない日が来るのではと、そればかり考えてしまいます。でも、主人との思い出が詰まったこの場所を失ったら、私にはなにも残らない……」
由美子さんにとっての「老後」は、安らぎの時間ではなく、いつ尽きるとも知れない貯金残高と、いつまで続けられるかわからない労働との、終わりなき戦いになってしまいました。
「急に逝ってしまうなんて、残されたほうは地獄です。せめて主人が少しでも貯金をしてくれていたら。私はもう少し、一人の妻として静かに主人を悼む時間を持てたのに……」
現代の日本における50代の資産・賃金の実態
現代の日本において、由美子さんのような境遇は決して特殊な例ではありません。
50代での配偶者の死は、家計の貯蓄基盤を根底から破壊します。金融広報中央委員会の調査(2024年発表)によれば、50代単身世帯の金融資産保有額の中央値は300万円にとどまり、さらに約3割の世帯が「貯蓄ゼロ」という厳しい実態があります。
また、生活のために社会復帰を試みても、そこには厚い壁が立ちはだかります。労働政策研究・研修機構(JILPT)が2024年3月に公表した調査では、50代後半で非正規職として再就職した人のうち、約7割(68.9%)がかつての賃金に比べ「3割以上減少した」と回答しています。
長年のキャリアの空白により、再就職しても「老後資金の積み増し」が困難なこの構造的リスクは、家計を配偶者に委ねてきた専業主婦世帯が、ある日突然直面しかねない「見えない経済的災害」といえるでしょう。
[参考資料]
独立行政法人 労働政策研究・研修機構(JILPT)「高年齢者の雇用実態に関する調査(2024年)」
金融広報中央委員会「家計の金融行動に関する世論調査[単身世帯調査](令和6年)」
