◆一撃必殺の「魔法の言葉」
暴力で解決するのは、社会人として失格です。かといって、このまま車を叩かせ続けるわけにもいきません。小島さんは、怒鳴りつけるよりもはるかに効果的で、かつリスクのない方法を瞬時に思いつきました。「戦っても時間の無駄だと思ったんです。早く弁当を買って、風呂に入りたい。だから、窓を全開にして、あいつらの目の前でスマホを取り出しました。そして、わざと聞こえるような大声で話し始めたんです」
小島さんは、誰にも繋がっていないスマートフォンの画面に向かって、ハキハキと、事務的な口調でこう言い放ちました。
「あー、事件です。はい。今すぐお願いします。市役所向かいのセブンイレブンにいます」
この「事件」というキーワードと、具体的な場所を告げる冷徹な声は、ヤンキーたちの耳に特大の警鐘として響きました。

◆静寂を取り戻した駐車場と、消えない余韻
一瞬にして駐車場は静まり返りました。数秒前まで車を揺らしていた暴力的な振動も、耳障りな罵声も嘘のようです。「本当に、漫画みたいに一目散に散っていきましたよ。残ったのは、彼らが捨てたタバコの吸い殻と、少しだけ凹んだ私の車のトランクだけ。結局、彼らも警察という権力が一番怖い、ただの子供だったということですね。私はそのまま、何事もなかったかのように悠々と車を停めました」
小島さんは入店し、当初の目的通り弁当と飲み物を購入しました。レジの店員は、外で何が起きていたか気づいていたようですが、気まずそうに目を逸らしていたといいます。
「買い物を終えて家に向かう道中、なんだか可笑しくて笑いが止まりませんでした。空手の技を使うまでもなく、スマホひとつで完全勝利ですから。でも、もしあそこで本当に手を出していたら、私の人生が変わっていたかもしれない。そう思うと、冷静になれて良かったです」
帰宅して弁当を食べ終えた今でも、小島さんの脳裏には、必死の形相で闇夜に消えていった少年たちの後ろ姿が焼き付いていたそうです。
「今回はこれで済みましたが、もし彼らがまた別の場所で同じことをしていたら? あるいは、相手が私のようなフリをできない人だったら? そう考えると、少しだけ胸のざわつきが止まらないんです。あの『事件です』という言葉、いつか本当に使う日が来ないことを願うばかりですよ」
<TEXT/八木正規>
【八木正規】
愛犬と暮らすアラサー派遣社員兼業ライターです。趣味は絵を描くことと、愛犬と行く温泉旅行。将来の夢はペットホテル経営

