◆複数の妻たちと同居婚も解散に至った経緯とは?

「発端は、事業を拡大するために“僕だけ別居する”という提案をしたことでした。自分の経験や知見を広げるためにも、複数拠点を持って動きたいと考えたんです。子どもたちの養育は妻たちに任せ、その代わりに『シングルマザー同士が助け合えるチャンネル』を新たに立ち上げる構想もありました」
だが、その考えは受け入れられなかった。
「『別居してまで一夫多妻を続けるつもりはない』と、第一夫人の陽咲と第三夫人の千晴、そして4人の子どもたち、計6人が家を出て行ってしまった。今は、残ってくれた第二夫人の彩花と二人で暮らしています」
◆「毎日違う夫人の部屋に寝にいく生活にも疲れていました」
出ていった子どもたちに会いたい──。渡部さんは崩壊してしまった一夫多妻生活を振り返りうなだれる。だが、複数人の妻や子どもと「同居」という生活スタイルには限界もあったと明かす。「一夫多妻で同居し始めたのは7年前。夫人の入れ替わりもありつつも、家族仲良く暮らしていました。ただ、僕個人の部屋がないのは正直キツかった……。毎日違う夫人の部屋に寝にいく生活にも疲れていました。それと同時に出て行ってしまった妻たちは、そもそもメディアに出たいという欲がなかったので歪みが出たんだと思います」
プライベートがなく、まるで妻たちの公共物のような生活を7年間続けてきたことへの鬱憤もあったのだろうか。だが、渡部さんは「一夫多妻を復活させたい!」と語る。一体なぜ……。
「今11人の子どもがいるんですが、僕には徳川家康を超える53人以上の子どもを作るという夢があるので、達成するべく突き進んでいきます!」
同じ一夫多妻でも、別居と同居では求められる覚悟も設計もまったく違う。未婚率が高まり、結婚そのものを選ばない人が増える日本で、こうした“一夫多妻的生活”は、制度の外側から生まれたひとつの家族の形なのかもしれない。
取材・文・撮影/SPA!一夫多妻取材班
―[「9人の妻を持つ男」を直撃]―

