
冬の休みの間に少し片付けをと思い立ち、文房具や便箋と封筒などこまごまとしたものをしまっている引き出しに手をつけました。奥の方から幼い頃の写真が何枚か出てきました。おそらくなにかの雑誌の取材の時にアルバムからはがしてまとめていたものでしょう。茶色の毛糸の帽子、緑色と黄色のスキーウェアとオレンジ色のスキーグローブに赤いスキーブーツをはいています。母がわたしに選んだものの影響なのかもしれませんが、幼い頃から緑色が好きで、緑色のジャージを着てベランダで笑っている写真もありました。今と色の好みがちっとも変わっていません。
<おしゃれのはじまりは雪国でした>
しましまのセーターにチョッキ、ニットのパンツ、これも今と変わらないコーディネートなのです。生まれて間もなくから4歳までは福井で暮らしていました。それから9歳の夏休みまで札幌にいましたので、冬の体育の授業はスキーとスケートでした。雪国育ちです。何年も前の「大人のおしゃれ手帖」で取材して頂いた際にも、こどもの頃の思い出からスケートリンクで撮影させて頂きました。とても楽しい撮影でした。
<おしゃれのはじまりは母でした>
チョッキとニットのパンツの写真をもう1枚。だいだいの小さなこどもはこのスタイルなのかもしれませんが、母の好みが大きかっただろうと思います。そしてこのヘアスタイルでしたので、よく男の子と間違われていたようです。少し大きくなって髪を伸ばしたのは七五三のためだったのかもしれません。
わたしはずっと自分で好きなものを選んで着ていると思っていました。けれど、写真の中の小さな自分を見て、わたしの好みは母から受け継いだものであったと改めて思いました。わたしのおしゃれのはじまりは母だったのです。
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