「赤ペンで丸をつける手が震えました」テストの採点・行事企画・保護者対応、真面目過ぎた25歳中学校教師。毎日職員室に最後まで残っていたが…バス通勤中に救急搬送、学校に行けなくなった日

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大きな一歩

水野:バス停のベンチに座ることができました。心臓が速くなって、車の音が怖かったです。でも、「これは勘違いだ」と言い聞かせて。

広岡:目標は、「怖さを抱えていても、そこにいること」です。逃げないでバス停にいられただけでも素晴らしいですね。

水野:発作の前触れを感じたとき、いまは「あ、来たな」と思います。そして「たとえ発作が起きても短い時間でおさまる」と、心の中で唱えています。

広岡:自分を観察できるようになったのは大きな変化ですね。観察できると、発作の波に飲み込まれなくなりますからね。そして、くれぐれも無理はしないでくださいね。

わたしが「無理をしないで」と伝えたのは、心の病からの回復は、必ずしも直線ではないからです。ときに足踏みをして、後戻りすることもあります。少しでも不安を感じたらチャレンジを中止するように伝えてあります。日常の中でも、発作の波が襲ってくることがあります。そのときは、わたしがあらかじめ提案していた「途中下車の手順」が役に立ったと話してくれました。

1.静かな場所に移動する

2.腰かけられる場所に座って、背もたれに体を預ける

3.視線を足もとや手に持っているものに落とす

4.ゆっくり呼吸する

5.心の中で「必ずおさまる。これは勘違い」と唱える

6.落ち着いたら水を一口飲む

手順はシンプル。満員のエレベーターを前に立ちすくんだときはその場を離れて、階段にしばらく座っていたら落ち着いたと話していました。会計待ちでは列から離れて、買うのをためらっていたチョコレートの棚の前に行き、ゆっくり呼吸をしたといいます。こうした行動がとれるようになったことは、水野さんが回復してきた証でもあります。「パニック発作は永遠ではなく短時間でおさまる」ことを理解していなければ、とれない行動だからです。

治療を始めて半年後、募る焦り

治療を始めて半年が過ぎたころ、水野さんは不安レベル5の「隣のバス停までをバスで往復する」まで達成しました。このころの水野さんは、少々焦りを募らせていたようです。半年でレベル5というのは、決して遅いわけではありません。

治療に専念している間は、仕事をしていない状態です。朝起きると、「いつ社会に戻れるのだろう」と不安と罪悪感がないまぜになります。教員としての誇り、子どもたちへの想い、まじめに働いてきた過去……。それらがあるからこそ、「今、働いていない自分」が許せなくなっていたのです。治療を進めてはいるものの、パニック症や不安の波がまだ時々顔を出し、「以前ならなんてことなかったのに」という場面で胸が詰まったり、エレベーターやバスを避けるようになったりします。

広岡:社会復帰のスピードは人それぞれです。大切なのは、“戻る”ことではなく、“戻る準備”を確実にすることです。

水野さんは、わたしからのアドバイスを胸に、小さな“復帰準備”を進めてくれました。不安レベルに沿ってバス停を往復するチャレンジはもちろん、バス停を降りて少しだけ人混みを経験したり、帰宅後は、自分がどれだけ疲れたか、どのくらい安心できたかを記録していました。

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