祖母と硬貨が教えてくれたお金の基本
問題を研究しているうちに、すっかり筋金入りの現金擁護派となった私は、現金が強力なツールであることをきちんと解説する書籍が1冊もないことを知り、「ならば私が」と立ち上がったわけである。
語りの力を教えてくれたのは、物語を上手に話す祖母のベティーである。祖母は、現金払いをとても大切にしている人でもあった。
祖母の寝室には、素敵な茶色の木製の引き出しがあった。私がまだ幼いころ、祖母が一番上の引き出しを開けている姿を目にすると、すぐ私も祖母の隣に椅子を置いてその上に立ち、引き出しの中を覗き込んだものである。
引き出しの左側には大きなコイントレーがあり、金種別にきれいに仕分けられたピカピカの硬貨が並んでいた。折に触れて、祖母はそこから硬貨をいくつか取り出すのである。
夏になると、この硬貨を手に、街角のスプリッツィーズという商店まで祖母に連れて行ってもらったものだ。カウンターにいるおじさんに硬貨を何枚か渡すと、レモン味やスイカ味のスラッシュを1杯もらえる。かき氷に砂糖やシロップを混ぜた、スムージー風の飲み物である。涼しい日には、やはり硬貨を手に、祖母に連れられてもう一つ先の角の玩具屋に行ったものだ。
幼い私は、あのコイントレーの虜だった。そこから光沢のある硬貨を持っていけば、あら不思議。おやつや玩具が手に入るのだから。
何よりも、硬貨を使うことは、お金の基本を学ぶ機会になっていた。スラッシュであれ、玩具であれ、大きい商品になるほど、その分、お金も多く必要になると教えてくれた。ところが、この単純明快な考え方も、今のキャッシュレス社会に生きる子供たちには説明が難しい。
祖母に「料金支払い」なる用事がある日も、私にとっては大きな楽しみだった。その用事が発生すると、いろいろなところに連れて行ってくれるからだ。
特によく覚えているのは、電話料金の支払いだ。ただ、幼い私の目には、奇妙な行動に映った。祖母の家にはもう電話があったからだ。祖母と散歩に出かけて、お金を払うと、必ず何か代わりのものが手に入るはずだった。ところが、電話のときに限っては、何ももらえなかったのである。
祖母と同世代の人々は、純粋な現金経済の中で普通に暮らした最後の世代だった。すべてが現金で回っていたのである。現代の私たちには、郷愁を誘う愛らしいエピソードとして片付けられそうだ。
現金排除の先で失ったものとは?
現金だけで買い物を済ませるなど、想像するだけでもゾッとする人が多い。私の人生を振り返れば、世界は現金から電子通貨へと急激に軸足を移してきたからだ。
スウェーデンや中国など一部の国では、もはや現金はめったに使われない。その移行を受けて、何かを失っただろうか。個人も社会も実際に何かを失った事実にスポットライトを当て、現金を持ち歩き、使う機会をもっと増やすことを提唱したい。
私の祖母のように極端な現金派である必要はない。もっとも、祖母自身は何ら無理などせず、普通に振る舞って現金派だったわけだが。
ジェイ・L・ザゴースキー
米ボストン大学大学院
特任准教授
