
◆外科医の父が突然の他界

岡田将人:事実です(笑)。地元は大分県なのですが、小学校時代からヤンチャで、校長室に親が呼び出されることもしばしばありました。父とは基本的に仲が良かったものの、反省する素振りを見せない私にかなり手を焼いたようです。
――お父様が医師だったんですよね。
岡田将人:はい、外科医でした。しかし私が中1のとき、その父が大腸がんで他界しました。私は4人きょうだいの1番上でしたので、父が亡くなったとき、末っ子は3歳くらいだったと思います。結婚を機に家庭に入った母は、それから働きに出なくてはならなくなりました。当然ですが、父がいたころよりも家計は苦しかったのだろうと思います。私は思春期真っ只中で、父の死が悲しかったものの、きちんとそれを表現することはできませんでした。
◆「大分の田舎じゃ無理だろ」と指摘される
――ただ、お父様が他界されたあとも、ヤンチャは続けたと。岡田将人:そうですね。父が亡くなる直前、「よそから『あそこは父親がいないから子どもが不良になっている』と言われないようにしてほしい」と言っていたらしいんです。ただ、別に父がいないから非行に走っていたわけではなくて、昔からエネルギーを持て余していただけなのですが……。
結局、高校を卒業したあとも数年は、地元の不良仲間とつるむのをやめなかったですね。高校も後半はほぼ行けていなくて、家にもあまり帰らない日が続きました。友だちの家に居候するような生活で、本当に母を悲しませたと今は思いますね。
――高卒後は、夜の世界に入るんですよね。それがきっかけで格闘技を本格的に始めるとか。
岡田将人:はい、いわゆるラウンジのボーイをやっていました。その前からもジムでキックボクシングをやっていたりはしていて、うっすら「世界チャンピオンのベルトを巻きたいな」とは思っていました。ラウンジでは本当に良くしてもらって、そこのママさんやお客さんに可愛がってもらっていたのですが、夢を話したとき、「こんな大分の田舎にいたら無理だろ」と突っ込まれて。タイはムエタイの本場ですから、行きたいなという気持ちが強くなっていきましたね。

