◆優先席をフルに使う朝帰りの男性
田中彩佳さん(仮名・20代)が“その光景”を目にしたのは、平日の午前10時ごろだった。ラッシュのピークは過ぎていたが、車内にはまだ多くの乗客がいたという。
「車内は落ち着いているのに、端っこだけ空気が違ったんです」
優先席付近には、20代と思われる金髪の若者が、3人がけの座席をフルに使い横たわっていたのだ。派手なスウェット姿でイヤホンを耳に差し込み、大きな口を開けて眠っていた。
朝の時間帯には不釣り合いな、“ツン”とした酒のニオイが漂っていたようだ。
「朝まで飲んで、そのまま電車に乗っているんだろうなって思いました」
男性は靴を履いたまま座席に足を投げ出し、シートには汚れが残っていた。隣には、今にも倒れそうな飲みかけの缶が置かれていたそうだ。
「周りの乗客が気づいていないはずはありませんでした。でも、誰ひとり声をかけることはなかったんです」
◆高齢男性はポールをつかんで立ち尽くしていた…
しばらくして、腰の曲がった高齢男性がゆっくりと車内に入ってきた。そして優先席を目指したが、そこには若者が眠り続けている。
「男性は何度も、若者と席を見比べていました」
男性は声をかけることができず、近くのポールをつかんで立ち尽くした。
「見ているだけで、胸の奥がざわざわしました。若者は周囲の気配に気づくことなく眠り続けていたんです」
主要駅に到着すると、金髪の男性は何事もなかったかのように起き上がり、高齢男性に視線を向けることもなく電車を降りたという。
ようやく席に座った高齢男性の姿は、今も田中さんの記憶に残り続けている。
電車では個人のマナーが大いに問われる。だが、不快に感じても声をあげにくい空気があるのは事実だ。自分の何気ない行動が周囲の迷惑になっていないか、あらためて意識する必要があるだろう。
<取材・文/chimi86>
【chimi86】
2016年よりライター活動を開始。出版社にて書籍コーディネーターなども経験。趣味は読書、ミュージカル、舞台鑑賞、スポーツ観戦、カフェ。

