◆●ホメオパシー医学の弾圧
19世紀末まで、世界の医学界ではホメオパシー医学が広く普及していました。ホメオパシー医学は、実際のホメオパス(同種療法)を使った方法だけでなく、「自然療法」という広義の考え方を含みます。
江戸時代の鍼灸を中心とした東洋医学や、先述の口中医なども同じように、自然療法だと言えるのです。
このホメオパシー医学は、アメリカやヨーロッパでもメジャーな存在でした。
1847年にアメリカ医師会(AMA)が設立された際、ホメオパシー派、つまり自然療法学派の医師の数は、アロパシー医学(石油由来の薬を使う対症医療)の医師の約2倍以上もいたそうです。
ところがこのアメリカ医師会の実情は、初めからアロパシー医学派という、単なる同業者の集まった圧力団体であり、競合相手であるホメオパシー派の医師の仕事を妨害し、廃業に追い込むために作られたものでした。
本来、医師が大切にしなければならないはずのヒポクラテスの誓いにあった重要な規範である、「嘘をつかない」「守秘義務がある」という倫理観が、吹き飛んでしまった瞬間でした。
◆●ロックフェラーの医療戦略
ロックフェラーは、アメリカ医師会に入る条件として「石油から合成された薬を使うこと」を掲げ、ヒポクラテスの誓いに則った治療を行っていた人たちは、どんどん駆逐されていってしまいました。いまで言うWHOが行っていることと同じです。さらにアメリカ医師会は、1860年から20世紀初頭にかけて、倫理規定に「会員はホメオパシー派の医師に相談してはならず、ホメオパスを受診している患者を治療することも許されない」という条項を設けました。
当時、日本はもちろんですが、アメリカでも医師は各自が独立しており、個人開業医が多かったため、アロパシー医学からの一斉攻撃に対して、まったく準備ができていませんでした。
当時、ジョージ・H・シモンズというイギリスの新聞記者がいました。
シモンズはもともと医療に関係がある人物ではありませんでしたが、新聞記者という職業を利用して、ロックフェラーが作っているアロパシー医学、もっと言えば〝薬で特許を取って金儲けする方法〟を広める側に加担しました。
そんなこともあって社会的な流れが出来てしまい、まんまとホメオパシー派の医師はほとんど姿を消してしまったのです。
【吉野敏明】
1967年生まれ。神奈川県横浜市出身。1993年岡山大学歯学部卒業、歯学博士。日本歯周病学会歯周病専門医・指導医。精神科病院理事長、一般病院理事長を歴任。医療問題アナリストとして医療費問題の実態に向き合い、臨床現場と統合医療の実践から現代医療が抱える構造的問題を明らかにしてきた。日本人の命と健康を守る真実の医療を提言すべく、政治団体・日本誠真会を設立し、党首を務める。

