ルポライターの國友公司氏は、都庁下、上野公園、代々木公園、山谷、寿町、西成など、各地の炊き出しの現場を訪れ、そこに集まるホームレスや生活困窮者と同じ列に並び、食事を口にしながら、彼らの言葉に耳をかたむけたという。そこで見えてきた意外な実態とは……。
※本記事は、國友氏の新刊『ルポ 路上メシ』(双葉社)より一部抜粋、再編集したものです(全2回の2回目)
◆2時間待ちの牛めし弁当

東京藝術大学近くの上野公園内広場では、週に4回の炊き出しが行われている。いずれも昼の11時くらいから始まり、スケジュールのわかりやすさも相まって人気だ。
ほかにもいくつかあるようだが、あるとき炊き出しに並んでいた年金生活者から、こんな話を聞いた。
「木曜の16時から上野公園の野球場のところで炊き出しがあるんだけど、説教がとにかく長いんだ。2時間はやってるぞ」
恐ろしいほど長い説教である。外で聞く牧師の説教ほどしんどいことはないので、重い腰がなかなか上がらないが、行くとするならば夏と冬だけは避けたいところだ。
だんだん春の兆しが見えてきた2025年2月末の比較的暖かいとある木曜日、私はついに園内中央あたりに位置する正岡子規記念球場を訪れた。
野球場のバックネット裏にやってきたが、どこを見回してもインバウンド客しかいない。ようやく、森の中で大きな荷物を引きずっているホームレスらしき男性を見つけたので聞いてみるも、「俺は知らないなぁ」と一言。
続いて東京文化会館の軒下にキャリーケースを2つ並べて座っていた、こちらもホームレス風の男性に聞く。
「外野の裏でもうやってるよ。でも、あそこは長いぞぉ」
言われた通り、外野のフェンス裏まで行ってみると、公衆トイレの横の板の間に20人ほどが座りながら、牧師の韓国人男性による説教を聞いていた。上野公園の炊き出しと言ったら、普通は300人近く集まるものだが、ここは極端に人気がない。
しれっと板の間の後ろのほうに座ると、牧師が私のほうを向いて言う。
「あの、ここは聖書の会ですけど、大丈夫ですか?」
不思議に思うのも無理はない。数えたら22人いたが、ほぼ全員が60代以上に見える。一人だけ推定40代の男性がいたが、いつも来ている常連で牧師と顔なじみのようだ。
「はい、炊き出しがあると聞いて来ました」
すると、参加者の中で仕切り役の雰囲気を醸し出している70代の男性が、「じゃあ、前のほうに座って」と折りたたみの椅子を渡してくれた。2時間ずっと体育座りをするのは耐えられる気がしなかったので、これはかなり助かる。

一人1枚ずつ渡されたプリントには聖書の一節が書かれている。それを、小学校の国語の授業のように、順番に読んでいく。
「サムエルは……」
おそらく、都内で行われている炊き出しの約半分が韓国系キリスト教会によるものである。そこでは総じて、牧師の説教を真面目に聞いているような人はほとんどいないのだが、ここは違った。
小規模ということも影響しているだろうが、牧師が「どう思う?」と聞けば、手を挙げて意見を述べる人がいる。ほかの人が読み上げている聖書の一節を「うんうん」と頷きながら聞いている人もいる。
たしかにうんざりするほど説教が長い。もう1時間近く聖書を読み続けているので、あたりが暗くなるとともにだいぶ冷えてきた。
この長すぎる説教によって参加者がふるいにかけられ、意識の高い者だけが残っているのだ。
◆牧師のギターでみっちり歌った賛美歌
実際、どこの炊き出しに行っても大体いる、九官鳥と炊き出し巡りの達人・菊蔵さん(仮名)の姿がない。サムエルがどうなろうと知ったこっちゃない私は、どんな食料が配られるのかを探りながら、時間を潰すことにした。
牧師の後ろには大きなブルーシートが敷かれていて、そこには「カップうどん」と印字されたダンボール箱が積み上がっている。その隣には「クッキー」と書かれたダンボール箱もある。
ボランティアスタッフの男性がブルーシートの上に引っ張り出したのは、全長1メートルはあろうかという巨大な食パンだった。それを包丁で薄くスライスし、ポリ袋に小分けしていく。

17時に一度休憩を挟んでホットコーヒーが振る舞われたが、その後は牧師によるギター演奏のもと、みっちり賛美歌を歌った。すべての説教が終わったのは牛めし弁当を発見してから約1時間後の18時だった。
そこから15分かけて参加者で食料を並べ、順路をつくる。ただ、23人も必要ない。私は隣にいた銀色のシートで身をくるみ、蓑虫みたいになっている男性のことが気になっていたので話しかけてみた。
「それ、暖かそうですね」
「ちょっと古いんで内側の銀が剥がれちゃって。もともと何回も着るもんじゃない。渋谷の炊き出しでエマージェンシーのセットをもらったんですよ」
災害時、体に巻いて暖をとる「防寒・防風用アルミシート」だ。それに腕を通す穴をつくり、何枚も重ね着していたのだ。荷物を積めるように改造したマウンテンバイクで都内を移動しながら毎日、違う場所で寝ているホームレスだという。
「これがうまいんだよなあ」
牛めし弁当を受け取った別の男性がそう呟いた。

路上で暮らす前はいつも当たり前のように食べていたけど、今は食べられなくなったメシ。
「ホームレスになると高いメシではなく、そういうメシが一番うまく感じるんだろうな」
あらためて、しみじみ考えた日だった。

