◆春を呼ぶ中華丼
私が各地で聞き回った情報を整理すると、2025年3月のある日曜日のこの日、都内では20もの炊き出しが行われていた。同時刻帯のものもあるため、すべてに顔を出すことは現実的に不可能だ。効率的に回れそうな炊き出しを数カ所ピックアップし、1日のスケジュールを立てる。まず私が選んだのは、年金生活者にして炊き出し巡りの達人・菊蔵さんが「バイキング形式でご飯がもらえるから行ったほうがいい」と教えてくれた錦糸町駅北口から徒歩7分の場所にある某韓国系キリスト教会の炊き出しである。ただ、教会へ向かう道中から「おかしいな」という疑念が湧いていた。
視界に入るのは少年野球のユニフォームを着た子どもたちとその保護者ばかりで、生活困窮者らしき姿がひとつも見当たらないのだ。たとえば、800人以上が集まる都庁下の炊き出しでは、都営大江戸線の電車に乗っているときから、すでに「あの人もこれから炊き出しに行くんだろうな」と目星が付くし、それは大体、当たっている。
「これは空振りかも」
駅近くの錦糸公園を歩いているときからそう思っていたが、教会が入るビルに着いた瞬間、予想は確信に変わっていた。案の定、この教会では「10時半からの炊き出し」など、やっていなかったのである。
「これから礼拝ならありますけど、ご飯を配ることはしないんですの。炊き出しなら今日の15時半からありますわ」
信者と思われるマダムがそう親切に教えてくれた。
15時半から始まる炊き出しなら、すでに行ったことがある。そこで出される弁当は10時半から振る舞われるバイキングの余りだと聞いた。だから、早起きしてわざわざ錦糸町まで来ているのだ。
「よかったら礼拝だけでも参加されます? イエス様のことを信じると、本当によいことばかりが起こるんですの」
これで帰ったら嫌味ったらしいな……。
そんな思いが頭に浮かんだが、メシももらえないのに1時間半にわたる牧師の説教を聞くほど信心深くはない。ここで見栄を張る必要もないので、退散することにした。
その足で向かったのは、東京駅近くにある常盤橋公園。11時から炊き出しがあると聞いていたが、11時半まで待ってもその気配はなかった。こうして炊き出しの情報を、日々アップデートしていかなくてはならないのだ。
◆上野公園が一番過ごしやすいのは月曜日
次に訪れたのは山谷にある左翼系団体が15時から炊き出しをしているという上野公園内の国立科学博物館前。日曜の上野公園は日本人観光客とインバウンド客でごった返していたが、20人ほどの小さな人だかりが炊き出しの列であることはすぐにわかった。上野公園へ遊びに来ている雰囲気ではないことは直感的にわかったし、人だかりの横で団体のスタッフである70代の男性2人が、寸胴に入った料理をおたまでかき混ぜていたからだ。
使い捨てのどんぶり容器に盛られたのは中華丼だった。白飯の上に白菜、人参、しいたけ、もやし、きくらげが入った具をたっぷりかけてくれる。煮込む時間が絶妙なのか、野菜がシャキシャキだ。そして、「あん」に強すぎるくらい生姜が利いているのだが、これが抜群にうまかった。
豚肉やうずらの卵など、動物性の食材が入っていないことに少し寂しさを覚えそうなものだが、生姜の旨味がすべてをカバーしている。
おせじ抜きで、今まで食べた中華丼の中でも、これが一番うまい。

「この中華丼は生姜が利いていて美味しいですね」
「そうですね」
「路上ですか?」
「そうです」
しばらく素っ気ない返事が続いたものの、同じペースで中華丼を頬張っていると、だんだん警戒心も解けてきた。
「だいぶ暖かくなってきましたね」
「いや〜、とりあえず昼間は暖かいですけど、夜は気温が下がりますし、また明日から寒いみたいですよ」
男性は上野公園内を転々としながら暮らしているホームレスだという。
「路上は何年ですか」
「もう、だいぶ長くなりましたよ。いつからと聞かれても、そんなの忘れてるくらい。こんな生活になっちゃったのにはそれぞれワケがあるんだろうけど、なぜかみんな上野に来ますよ」
上野で暮らすホームレスには、1970年代初頭に集団就職で東北から上京してきた人も多い。上野は「東京の北の玄関口」とも言われる。当時、初めて東京に来たときの印象が強く残っているので、上野で暮らしている。そう話すホームレスもいた。
スプーンを持つ男性の手元を見ると、乾燥した指にヒビが入っていた。ただ、ヒビの間はガチガチに固まっていて、かなり頑丈そうだ。だいぶ、年季が入っている。

「まあ、外で寝るわけだから、静かに寝られるところなんてないですよ。それにまあ、そろそろ花見のシーズンですからね。人が増えればゴミも増えるし、桜が咲いているときはしっちゃかめっちゃかでもう大変ですよ。でも、明日はほとんどの施設が休みだから人がだいぶ減るんです。上野公園は1週間の中で月曜日が一番過ごしやすいですよ」
調べてみると、恩賜上野動物園も、東京国立博物館も、国立科学博物館も、国立西洋美術館も、東京都美術館も、上野公園内にある施設は軒並み月曜日が休館日だった。
ゴミを漁れば手つかずのメシが大量に手に入るから、「花見はホームレスにとって勝負のシーズン」とはよく聞いた話だ。
たしかに、上野公園に600人以上のホームレスがいたと言われるバブル崩壊時ならば、炊き出しのメシも取り合いになっていたかもしれないし、花見のゴミすら奪い合っていたのかもしれない。ただ、そんな時代はとうの昔に終わったのだ。
<取材・文・撮影/國友公司>
―[ルポ路上メシ]―
【國友公司】
1992年生まれ。栃木県那須の温泉地で育つ。筑波大学芸術専門学群在学中よりライター活動を始める。 2018年、西成のドヤ街で生活した日々を綴った『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』(彩図社)でデビュー。ライターとして取材地に赴き、その地に長らく身を置く取材スタイルを好む。著書に『ルポ歌舞伎町』、『ルポ路上生活』(KADOKAWA)、『ワイルドサイド漂流記』(文藝春秋)がある。X:@onkunion

