国民皆保険はこうして生まれた GHQの思惑と日本医療の転換点

国民皆保険はこうして生まれた GHQの思惑と日本医療の転換点

◆●国民皆保険制度の導入とその裏側

1961年以前の日本には、国民皆保険制度がありませんでした。

つまり、基本的には自費での治療だったということです。

ところが医療を受けるにはお金がかかってしまいますから、現実はそう簡単にはいきません。当時は、民間企業や公務員がそれぞれ共済組合を作って、業態ごとの保険組合に入っていました。アメリカでは現在もこの保険システムが採用されています。

病気になって病院にかかったときに保険金が出る、という仕組みですが、これはあくまでも企業が職域保険として行っているものであり、国の制度として導入されているものではありませんでした。

そんな状況を見たマッカーサーは、国民皆保険制度を取り入れることによって、アメリカの医薬品を日本に入れ、儲けることを目指しました。

そのためには、国民皆保険制度を国が仕切る形にすれば、税金で薬が売れるのではないかと考えたのです。

これはマッカーサーの時代には実現できなかったのですが、1952年にサンフランシスコ講和条約で日本が独立したとき、この年の総選挙で自由党も民主党も社会党の左派も右派も、皆揃って国民皆保険をスローガンにして挑みました。

そして1957年に岸信介が行った臨時国会の所信表明演説において、国民皆保険制度の実行が宣言され、1958年に自民党は国民健康保険法を公布・施行、そして1961年、ついに国民皆保険が制定されるのです。

【吉野敏明】
1967年生まれ。神奈川県横浜市出身。1993年岡山大学歯学部卒業、歯学博士。日本歯周病学会歯周病専門医・指導医。精神科病院理事長、一般病院理事長を歴任。医療問題アナリストとして医療費問題の実態に向き合い、臨床現場と統合医療の実践から現代医療が抱える構造的問題を明らかにしてきた。日本人の命と健康を守る真実の医療を提言すべく、政治団体・日本誠真会を設立し、党首を務める。
配信元: 日刊SPA!

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