◆晒されたプライバシーと、無遠慮な説教
老人の暴走は止まりません。さらに、処方箋に記載された個人情報にまで、土足で踏み込んできたのです。「お兄さん、住所は2丁目なのかい? あそこからだと結構遠いね。38歳だろ。嫁さんもらって規則正しい生活を送りなさい。そうすれば、そんな変な色のおしっこも出なくなるよ」
根岸さんは、あまりの屈辱に言葉を失ったといいます。
「もう、勘弁してくれと思いました。僕がどこに住んでいようが関係ないし、独身と決めつけたり、大きなお世話ですよ。
しかも『変な色のおしっこ』なんて言葉を、これだけ人がいる前で叫ばれるなんて……。挙げ句の果てには、僕の生年月日を読み上げ始めたんです。公共の場で誕生日をアナウンスされるなんて、もはや恐怖ですよ。周りの人は気の毒そうな顔をしていましたが、中には笑っている人もいて。精神的に限界でした」
根岸さんは波風を立てないよう、ただ小さく頷いてやり過ごそうと努めましたが、その「大人の対応」が、老人の自己顕示欲をさらに刺激してしまったようです。
◆消えない不信感と、広がる老人恐怖症
ようやく名前を呼ばれた根岸さんは、逃げるようにカウンターへ向かいました。しかし、薬を受け取る間も、背後から老人のねっとりとした視線を感じて気が気ではなかったといいます。「薬剤師さんが薬の説明をしてくれる間も、『あの老人がまた何か口を挟んでくるんじゃないか』とビクビクしていました。薬局を出る瞬間に振り返ると、老人はまた別のターゲットを探すように待合室をキョロキョロしていました。あの満足げな顔が、今でも夢に出てきそうです」
この一件以来、根岸さんの心理状態には決定的な変化が生じたといいます。
「正直、老人恐怖症になりました。それまでは、お年寄りを見れば手を貸そうという気持ちが自然に湧いてきたんです。でも今は違います。街中や電車で老人が近くに寄ってくるだけで、動悸がする。また何かプライバシーを暴かれるんじゃないかと、身構えてしまうんです。善意の皮を被った暴力って、本当にあるんですね」

<TEXT/八木正規>
【八木正規】
愛犬と暮らすアラサー派遣社員兼業ライターです。趣味は絵を描くことと、愛犬と行く温泉旅行。将来の夢はペットホテル経営

