
2026年2月4日から二十四節気は「立春」に
二十四節気の最初の節気「立春」は、暦の上で春の起点となる日です。
実際の気候はまだ厳しく、寒さの底にあるような時季ですが、この日を境に季節は冬から春へと静かに舵を切ります。
立春の季節感
■ 節分(立春の前日)— 厄を祓い、春を迎える支度
本来、節分は四季それぞれの前日を指しましたが、旧暦で年の改まりに近い立春前日が重視され、今日の「節分」として定着しました。
豆まきの背景には、宮中の儀礼「追儺(ついな)」があり、疫病や災いを“鬼”に見立てて払う古い祈りが民間へ広がって現在の形に。地域差はありますが「鬼は外、福は内」の掛け声や、柊鰯など境界を守る飾りも各地に残ります。
■ 立春大吉— 境目を整える札
禅寺の門や檀家の玄関に貼る紙札として伝わる「立春大吉」。
四文字が縦書きで左右対称に見えることから、境界を往来する“厄”を払い、ここから新しい流れへという印を与えるとされます。
■ 初午(はつうま)— 稲荷と春の祈り
2月最初の「午の日」。稲荷信仰と結びつき、各地の稲荷社で初午祭が行われます。2026年の初午は 2月1日(日)。いなり寿司や地域の行事食(しもつかれ、初午団子 など)を供え、五穀豊穣・商売繁盛を願う習わしが続いています。
寒さの中に、わずかな緩みを探すようなこの時季。
まだ芽吹きには遠くとも、確かに春は動き出している——立春は、そうした気配を静かに知らせる節気です。
冬の終わりを告げる花 ─ 水仙
□出回り時期:11月〜3月
□香り:あり
□学名:Narcissus
□分類:ヒガンバナ科 スイセン属
□別名:雪中花
□英名:Daffodil、Narcissus
□原産地:地中海沿岸~西アジア
■ 水仙とは
水仙は、厳冬から早春にかけて咲き、冬の終わりと春の訪れを知らせる花です。
季節の境目に立つその凛とした姿は、立春という節気と重なり合い、古くから大切にされてきました。
■ 品種と系統
水仙は、一見すると白や黄色を基調とした似た姿の花に見えますが、およそ30種ほどの原種があり、そこから派生した園芸品種は1万種以上に及ぶともいわれる、多様な品種群を持つ植物です。
原種は地中海沿岸から西アジアにかけて分布し、異なる環境に適応しながら姿を変えてきました。
その後、ヨーロッパを中心に改良が重ねられ、花弁の形、副花冠の長さや色、香りの有無、開花時期など、わずかな差異をもつ品種が数多く生まれています。
イギリスでは水仙全般を「ダッフォディル(Daffodil)」と呼び、春の訪れを告げる花として親しまれてきました。
なかでも、四旬節の頃に咲く黄色い早咲きの系統は「キズイセン(Lent Lily)」と呼ばれ、冬の終わりを知らせる象徴的な存在です。
一方、日本で古くから親しまれてきたのは、房咲きで香りをもつ系統や、白を基調とした素朴な水仙です。
派手さよりも、寒中に咲く強さや香りの奥ゆかしさが重んじられてきた点に、日本的な美意識が映し出されています。
■ 歴史
・日本への渡来
水仙は、日本には平安時代末期頃に渡来したと考えられています。
一説には、遣唐使によって菊や朝顔とともに薬草として伝えられたともいわれ、当初は観賞用というより、実用的な植物として扱われていた可能性があります。
その一方で、球根が海流に乗って漂着し、そのまま沿岸部に定着したとする自然伝播の説も語られています。
・中世の記録
室町時代の辞書『下学集』にはすでに「水仙花」の名が見え、この頃には広く知られた存在であったことがわかります。
■ 名前の由来
「水仙」は中国の古典語彙に由来する名で、水辺に宿る仙的な存在を意味する語から植物名へと転用されたものです。
この背景には、道教的な「天仙・地仙・水仙」という区分があり、水仙の花は、水に寄り添いながら清雅を保つ“水の仙”になぞらえられてきました。
・多くの別名
こうした水仙の印象は、多くの別名にも表れています。
雪の中で咲くことから「雪中花(せっちゅうか)」、気品ある佇まいから「女史花(じょしか)」「雅客(がかく)」。
白い花びらを「銀の台」、中央の黄色を「金の杯」にたとえた「金盞銀台(きんせんぎんだい)」という名には、水仙の姿を丁寧に見つめてきた人々の感性が表れています。
また「凌波仙(りょうはせん)」「妖女花(ようじょか)」といった呼び名は、中国の古典文学や文人文化の中で育まれた水仙観に由来するものです。
水辺に立つ仙女になぞらえられたその姿には、清らかでありながら、どこかこの世を離れた、近づきがたい美しさへの思いが託されています。
■ 水仙の文化史
・ギリシア神話
水仙の学名 Narcissus は、ギリシア神話の美少年 ナルキッソス に由来します。
水面に映る自分の姿に心を奪われ、命を落として水仙へと姿を変えたという物語は、水仙を「自己を見つめる花」「自己愛の寓意」として位置づけ、西洋における水仙像となりました。
・東アジアでの捉え方
一方、中国や日本では、水仙は清雅の象徴とされ、梅・沈丁花・水仙を「三君」、梅・竹・水仙を「三清」とし、寒中にあっても節度と清らかさを保つ存在として尊ばれてきました。
・日本における用いられ方
室町時代には、別れや旅立ちの場に花を添える「送り花」の文化があり、水仙もまた、その静かな佇まいから、そうした場にふさわしい花として用いられていたと考えられます。
